2022年1月31日月曜日

【20220131:月】+++バイバイ1月+++

 


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2022年の1月が「それでは私はこれで」とやることはやったぞと言わんばかりのさっぱりとした感じで去って行った。いつだって過ぎ去っていく月日に取りつく島はないのだ。

オミクロン株による第6波のコロナ禍でマンボウ発令中。コロナ禍も3年目となった。

それでも自然は人の事情や都合とは無関係に着実に日を長くし、春の準備をそこかしこで粛々と始めている。真冬もあと1ヶ月くらいなものかな。

今日は珈琲豆を買ってくれるお客さんたちのおかげで、来客数は多くなかったけれど、1月を良い感じで終えることができた。

ありがとうございました!

豆販売の方で、エデン・キリマンジャロは終了しました。キリマンジャロの店内飲みは最後の焙煎分がなくなり次第終了となります。お気に入りのお客さんはお急ぎくださいね。

新たな珈琲と珈琲豆のラインナップとして、コロンビアと、KOZOUブレンドが加わりました。お馴染みVOUSHO小僧からKOZOUと命名、コロンビアをベースとしたクリアな苦味のブレンドにしました。お試しあれ!

明日からの2月、ぼくには健康面で毎年注意を要する月でもありますが、今月同様よろしくお願いしたいところであります。

明日の火曜日も午後8時まで夜営業します。待ってるねー。午後6時からの夜営業限定ドリンクセット軽食はぼくのお手製ポテサラ柚子胡椒ホットサンドトーストだよ。

*写真の小僧は、つげ義春の漫画『ねじ式』の小僧、いや、少年のトコトコ人形です。KOZOUブレンドとは関係ありませんので、念のため。

2022年1月30日日曜日

【20220130:日】+++店内撮影についてのこととか+++

 


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お客さんから「写真撮ってもいいですか?」とよく訊かれる。

「もちろんです」とぼくはにっこり微笑んでこたえる。 

わざわざ訊いてくれてありがたいなとぼくは思う。どんどんいろんな撮り方で撮ってみてくださいと心の中でつぶやく。

ぼくがまだお客だった頃、フィルムカメラで街中のスナップや店内を撮ったりしてたのだけど、かなりの確率で写真撮影を断られた。もちろん、他のお客さんを撮るとかカシャカシャ撮りまくって他のお客さんの迷惑になることのないように配慮してのことだけどね。 

某人気店のイタリアンカフェなんて、カメラを持って入店するやすごく警戒してて、ずっとこちらを監視してる感じでいたたまれない気持ちになったりした。 

その当時そこそこ有名なラーメン店もそうだった。当時ぼくは毎日の夕飯に何を食べたか記録していたので、その日はラーメンを載せられなかったりした。たいしたことじゃないけどね。

でもぼくは思うのだけど、飲食代には店内環境も含まれているわけだから、掃除が行き届いてなかったり、一方的な撮影禁止は、正直なところ納得いかなかった。ぼくがお店をやるなら、逆に写真に撮りたい!と思うようなお店に作り込むのにと思うのだった。 

因みにその人気店は移転したのかも知れないけれどしばらくしたらなくなっていた。

そんな訳で、常識的な範囲内でのことだけど、写真撮影はぼくのお店では喜んで!なのです。

ただ入り口入った途端写真撮ってたり、動画撮影してるのは、ぼく的な常識外になるかな。

一言訊いてくれたらお互い気持ちいいのは確かだね。

これはぼくの頭の中だけのことだけど、VOUSHOの店内撮影したものを応募してもらいVOUSHO 2022賞をぼくの独断と偏見で決めさせてもらってコーヒーチケット進呈・・・なんて面白くないか。面白くないわな。応募作品が多ければ展示してもいいか。なんてね。


同じく、スケッチ帳を各テーブルに置いておいて、絵や文章を書いてもらうのもありかな。

結局誰も書かなくて、ぼくしか描かなかったりして。

アリウルネ。

以上!





2022年1月29日土曜日

【20220129:土】+++顔ぶれとか、お店のこととかぼくのことなど+++

 


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お店に来てくれるお客の顔ぶれがかわってきてないかな。

VOUSHOは初めてという人が増えてる気がする。

不思議な感じ。

単にぼくの者覚え、人覚えが良くないだけかもしれないけれどね。


あ、それからぼくは特に何かに秀でた人物ではないので勘違いしないでね。

リスペクトなんてしたらいつか必ず失望するだけなのでしないでください。

どちらかと言えば、いろいろ癖のある厄介な人物ですから。


珈琲豆の焙煎だって、珈琲淹れるのだって、ぼくは他のお店と美味しさを競う気など毛頭ないし、そもそも珈琲は嗜好品だから美味しさなんて十人十色だと思ってるし(それはぼくが客だったときからそう思ってるし)、その日の体調だとか飲む環境なんかによっても美味しさは左右されると本気で思ってるわけです。

ある一定のレベル以上であれば珈琲は楽しめるわけなのでね。

ぼくは珈琲の酸味は苦手。

だからほどよくスッキリした苦味の珈琲が好き。

一日に何杯も飲むので濃すぎる珈琲も常飲するのはぼくには無理。

こんなぼくの嗜好とたまたま合う人がお客になってくれれば・・・と思ってるわけです。

とにかくぼくは自分の好みに焙煎し、ぼく好みに珈琲を淹れてます。

こだわりといえば、全てにおいて、つまり店内の書物や什器や音楽や展示物を含めもろもろ全て自分好み、MY FAVORITE であることかな。

その一点で統一、一貫させている・・・と思います

そのため、ぼくの好みに合う人と合わない人に当然別れるわけで、ぼくはいつもマジョリティーに身を置くことが居心地悪く、常にマイノリティー側に行ってしまうので、ぼくのお店が合うという人は少数派でしょう。ミニマリストの人や、断捨離好きな人は気をつけてください。

ぼくはカラダが大きい方なので、威圧感があって話しかけづらいかもしれませんが、割と誰とでも話せる方だと思います。お客が少なく話す時間が取れる時のことですが。試しに話しかけてみてください。

ただし、威張った人とか、権威主義的な人、ぼく自身が長く教員をしていたので、モロ教員体質の教育関係者(=例えば自分を先生と呼ぶような人)は遠慮させてもらっています。ごめんなさい。

そんな感じでマイペースで営業してます、今日もね。


2022年1月23日日曜日

【20220123:日】+++まるで走馬灯のようだ+++



 

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VOUSHOの天井に数年前ネットで衝動買いしてしまったオモチャのような (いや、実際まさにオモチャだ) プロジェクターで映写してみた。

チープで途切れ途切れだけど音楽も流れる。


ぼくが撮りためた写真をスライドショーにして一つの動画ファイルとして(MP4とかね)USBメモリに保存し、それをプロジェクターに差し込んで映写してみたのだ。


光源はLEDのランプで照度が小さい。そのため昼間や照明がついてると映ってるかどうかもわからないほどだ。昼間は使い物にならない。

衝動買いの失敗例の最たるものだ。やれやれ。


夜になり照明を落として一人で天井の映像を眺めているとまるでぼくが今まで歩んできた人生の走馬灯のように思えてきた。 

とても切なくなった。

今夜見たのは古いものだと2003年頃のものだった。ほぼ20年くらい前の写真からなってる。

ぼくはとてもだだくさに、空虚に貴重な時間を過ごしてしまったような気になった。二度と取り戻せない一度きりの年月だったのにね。

スカスカの人生だ。

しかし、多くの人がぼくと同じように感じるのかもしれない。

何十年も密度濃く詰まってたら、きっと生きていけないんだろう。

ぼーっとしてたり、忘れたり、無駄に時間をすごすことは生きていくための生まれながらの方策なのかもしれないね。




2022年1月22日土曜日

【20220122:土】+++他人の物差しで自分を測っちゃいけないよね+++

 


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生きづらい世の中だよね。

「ふつう」から外れたら最後、ぼくらを取り巻く世界は違った様相を呈してくる。

「ふつう」はいろんな要素でふつうでなくなる。

病気だったり、怪我だったり、事故に巻き込まれたり。。。

あるいは、生まれつき何かのことで少数派だったりね。

LGBTとかもそうだね。

社会で常識とされてることに非常識を通そうとするとでかくて分厚い壁が突如眼前に出現するしね。

自己責任の名の下に非寛容な弱肉強食の世の中になってしまってるしね。

超金持ちは一般ピーポーには信じられないようなお金を払って宇宙空間に漂いに行くけど、地上では餓死したり、虫けらのように路上で死んでいく人たちもいる。

人の命よりも猫の命の方が大切だとネットで言い切る小賢しい有名人さえいたりした。

敢えて極論するなら、ほとんどの場合、夢なんて持っても実現なんてしないし、努力は報われるっていうのも絵空事にすぎない。

現世では辛くても真面目にやれば天国に行けて来世は報われるってのと同じだ。

極々一部の人の夢の実現や報われた努力が自分にも訪れると期待だけさせることは罪だとさえぼくは思う。

報われなくても努力はすればいいし、その経験は別のことに活かされることはある。そういう意味での努力ならもちろん否定するつもりはないのだけどね。

『努力』という言葉に押しつぶされて自死する人だっている。自分がいたらないのは努力が足りないからだと自分で自分を責め続け心が壊れてしまうからだ。

他人や世間の物差しで自分を測りはじめたら地獄が始まる。

自分を取り戻すためにも他人や世間の物差しを捨て、自分を知ろうとすることだ。

自分にとっての幸福とは何なのか。

・・・

何でこんなことを書いたかっていうと、

ありがたいことに、ぼくのお店にはこういうことを話しあえる人が少ないながら何人か居るってことだ。

金儲け主義に巻き込まれたら、死ぬまで満足することはないだろう。金を増やし成長し続けることを永遠に求めてしまうからだ。

そんなスパイラルや、ある意味、マトリックスから抜けだせたら、楽になる人もきっと居るはずだと思うのだけどね。

・・・

今日は最後までお店に居た彼と夕食に中華屋さんに一緒に行った。久しぶりだった。

自分の息子と言えるほどの彼とこうした付き合いができるのも人生の幸せの一つだとぼくは思ってるよ。





2022年1月21日金曜日

【20220121:金】+++アチコチイッタノダ+++

 


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欲張りしすぎた。

そんな一日。

時系列で記録。


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ランチ。ひるあるこ。3回目。新しい方の店で。

センスの良い和テイスト改装。

なるほどなぁ。

9mの吹き抜けの先の天窓。

やさしい光だ。




堀川沿いのギャラリー。

ゆみさんの写真。

いつもとは違うけどさすがだな。

いい箱だなぁ。

ぼくは地階が好きだな。






豊嶋さんの栞。

ここだったんだ。

予約しないといけないのに印刷会社の社長さんが最初対応。

すてきな人だ。

次に説明に来てくれた女性もテキパキとして頭の回転の速い人。

バーミキュラのショップまで教えてくれた。

中川運河、こんなにいいところだとは!




バーミキュラ直営ショップ。

説明してくれる係の女性と楽しいひと時。

いっぱい質問して、いっぱい答えてくれた。

4万5千円貯まったら、あのセットが買えるんだな。

でもぼくには高嶺の花か。。。






栄の陶器の販売店&ギャラリーへ。

VOUSHOのお客さんが店員をしてるんだけど、たまたまお休みの日で会えなかった。

そんなこともあるね。

いいロケーション。

季節の移り変わりがお店の中からもわかる景色。



同じくVOUSHOのお客さん関係。

卒展で制作した映画を観に芸文へ。

30分ほどの映画。

4年間の集大成としてこうした作品を作り、多くの人に観てもらうってなんてイカした経験なんだろう。

羨ましいなぁ。

ぼくの席は9番だったよ。




ということで、芸文出たらもう夕方だった。

テレビ塔がきれいだった。

久しぶり。

中身の濃い1日だった。










2022年1月18日火曜日

【20220118:火】+++夜間営業初日は・・・+++

 


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試験的夜間営業初日。

今夜だけの試験結果からしたら合格!

ありがとう。

ホットサンドトースト一番乗りを目指して来てくれた人。

SNS上でのやり取りはほとんどしたことないけれど、記事を読んで来てくれた人。

それに以前からの常連さんたち。

もちろんそこには夜間営業をぼくにずっと願い続けてくれた人も含めてね。

ありがとう。

ホットサンドトーストを焼くのに忙してく、ゆっくり話をする時間は少なかったけれど、それでも何かあったかい時間になった・・・と思う。

今日は今日。来週はまたリセットしてむかえよう。


2022年1月16日日曜日

【20220116:日】+++試験的に火曜日のみ夜営業をという告知+++

 


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先月12月から営業日を土・日・月・火の4日に変更し、やっとそれにも慣れた感じの今日この頃。

数年前までは営業時間は午後1時から8時までだったんだよ。

地域性なのか5時以降に来店するお客はごく一部のお客を除いてほとんど居なかった。何時間もお客を待って誰も来ないのは精神的にしんどいことだったし、8時にお店を閉めてから買い物や夕飯というのも肉体的にしんどかった。

午後6時までに営業時間を短縮したのは大正解だった。売上的にもほとんど影響なかった。今思えば、ぼくの働き方改革の第1段だったな。

とは言っても、仕事を終えてから来てくれてたお客さんにとっては、来店する機会が減ってしまったわけで、せめて1日だけでも夜間営業してくれないかと言われていた。そんなお客さんには申し訳ない気持ちもあった。

ぼくの働き方改革第2段は、先に書いたように昨年12月に営業日を4日間にしたことだった。そこで定休日前日の火曜のみ、試験的に営業時間を午後1時から8時までにしてみようということになった。

あくまで試験的だけどね。

試験期間は2月末までとした。

果たしてどんな結果になることやら。

夕食時ということもあるので、火曜日の6時以降限定で飲み物とのセットメニューとしてホットサンドトーストを用意するつもりでいる。

ラストオーダーは午後7時半で午後8時閉店ということで。

急なことだけど、とりあえず今週火曜日から試験的に夜間営業を開始する。

タイミングあったら来てみてね。




2022年1月15日土曜日

【20220115:土】+++ぼくはオタク好き+++

 


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今日も厨房でコーヒー淹れたり、洗い物する時間よりもお客さんと話してる時間の方が圧倒的に長かった。

経営的にはイケてないわけだけれど、誰も来なくて話すことすらできない時よりもずっとマシだとしよう。

今日はゆみさんと写真のことについて、実際にゆみさんが出力してきた数十枚の写真を見せてもらいながら話したのをはじめとして、最後は若いサブカル好きな女の子とマニアックなカルト映画の話題で盛り上がった。

30代はじめ頃の彼女が言う『カルト』とぼくが思ってる『カルト』とは少し世代のズレがあるみたいだし、ぼくは現在のカルト映画については疎いので、彼女が挙げてくれる映画のほとんどを知らなかった。

逆に彼女は「エル・トポ」だとか、「ファンタスティック・プラネット」だとかは知らなかったりするわけだ。

彼女はサブカルの中でもスプラッター系の映画にとても強かった。ぼくが思うに、いわゆるB級スプラッター映画だ。ゾンビ映画にも造詣が深い。ぼくの子どもと言っていいほどの年の差だけれど一つの共通項を基に情報交換し、教えてもらうことがあるのはとても楽しいことだ。

ラブ・ゾンビ

マーダー・ライド・ショー

ジェシー・ジェームズの暗殺(映像がきれいらしい)

パフューム(トム・ティクバ監督)

ダーマ(カニバリズムの映画)

異常快楽殺人(これは小説らしい)

リミット(ソリッド・シチュエイション・ホラーという分類らしい。狭い空間に押し込まれてるってことかな)他にも同分類ではキューブ

マーターズ(フランスのキリスト教の話らしい)

回路、キュア(黒沢清監督)トム・ティクバと黒沢清監督しか知らなかったわ。

震える舌、子宮に沈める・・・

以上、教えてもらったものね。


オタクの探究心とそれにかける情熱と時間は半端ない。好きがはっきりしてる人はわかりやすくていい。男性であれ女性であれ、若かろうと年輩であろうと、日本人であろうと外国籍の人であろうと関係ないね。

彼女は誰かに話し方とか雰囲気が似てるなと思って、脳内で検索してみた。ヒットしたのはショコタンだった。彼女にそう言うと「よく言われるんです・・・」と照れくさそうにしてた。

そんな土曜日だった。

2022年1月13日木曜日

【20220113木】+++3箇所へ+++

 


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展示を見に3箇所回った。

天ぷらランチを食べながら今日一番目の展示。

人型のシリーズは本当にいいね。

少し大きめの四つ這いになってるのがよかったな。



次はビルの1階のアパレルのショップを会場とした展示。シンプルな線描にもかかわらず、センスの良さとオイルクレヨンの素朴な質感がマッチした洗練された作品。ほぼ完売してるのはさすが。



最後は福袋の展示販売してる喫茶店へ。見たかった作家の福袋はもう早々に売れてなくなっていた。そりゃそうだよな。

花輪和一の漫画の古本本2冊買って帰った。

2番目と3番目は偶然場所が近くてよかった。


2022年1月12日水曜日

【20220112:水】+++底冷えのする寒さになってきたね+++


 

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海上の森には何度も行ってるので、次は猿投山に登ってみようと思ってる。

手始めに雲興寺から猿投山への東海自然歩道の入り口あたりを偵察に行った。

歩いて5分くらいのところに休憩所があった。

木々が間伐されて、空き地のようなスペースだ。木製のテーブルが二つ設置されていた。二つともかなりの年代物のようだ。ここで珈琲を飲むだけでも癒されそうだ。

休憩所の傍には山から流れ出る水が細い沢となっていて、心地よい水音をそっと奏でていた。その水と流れははとても綺麗で狭い水路から、川へとつながっていた。



しばらくすると山道の先、上の方から一人の中年女性がすたすたと歩いてきた。軽登山の装備をして山歩きに慣れてるようだった。

もう日が暮れかかっていたので、今日はこの休憩所までにした。

この先どんな景色を眺めることができるか楽しみだ。

それにしても空気と風が冷たくなった。この冬初めてぼくの手はかじかんだ。




2022年1月11日火曜日

【20220111:火】+++やりだすと止められない+++

 


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昨夜も遅くまでポストカード作りをしてた。

この作業の一つの区切りとして、今日の営業終了後2階壁面に印刷したうちの半分ほどをセレクトして貼ってみた。

それでも・・・56枚あった。

無目的にただ楽しくて作っただけだったけれど、このポストカードを欲しいというお客さんもいた。

嬉しいこと。

どうしたらいいのか考えてみなくちゃね。




2022年1月9日日曜日

【20220109:日】+++ポストカード作り、楽しんでまする+++

 


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まだ今年になって営業二日目だけど、終わると疲れが出るね。

寄る年波にはかなわないなぁ。


夕食後、とても眠くなるんだけど、それをしのぐと復活するんだ。


今夜も写真をスマホでお手軽に加工して、ポンコツプリンターにWi-Fiで送ってモノクロ印刷してるんだ。

ポストカード作りみたいなものだね。

無目的に作ってる。

これが楽しくて。

フォトショもイラレも何も使わないでほぼイメージしたように印刷ができてるからね。

まぁぼくの要求水準がだだ低いからなんだけど。

でも楽しいからいいよね。

これで手紙書いて出すとか、そう言うことは全く考えてない。

無目的。

無目的だけど楽しく作ってる。

これってとてもいいことじゃないのかな?

とりあえず楽しく作って、あとで使い途を考えればいいや。



2022年1月7日金曜日

【20220107:金】+++明日1月8日(土)から営業します+++

 


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長いようであっという間の年末年始休みだった。

銅版画を印刷してカードを出した以外なーんもしなかった。

今日は明日からのために焙煎したり、仕込みしたりはしたけどね。

だから良い休みだった。

2022年も周りに振り回されずマイペースでやってくぞーって少し思えたかも。

それから今年も出来うる範囲で『アナログ』にこだわっていこう。

『生(ナマ)』を大切にしていこう。

猫も杓子も『クラファン』利用がぼくは嫌いなように、『デジタル』化や『電子◯◯』化も良いことばかりじゃない。

便利は不便・・・だったりする。

便利ばかり追い求めることは何か大きくて大切なものを失うことになる・・・とぼくは思ってる。


それでは、明日からまたよろしくお願いします!

2022年1月6日木曜日

【20220106:木】+++あの頃の感性は間違ってなかった+++

 


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夕飯を食べてて、ふと思い出した。

なんの脈略もなく。。。たまにあることだけどね。


思い出しのは、ぼくが高校教員でまだ青年の域だった頃の出来事だった。

歳上の同僚から飲み会に誘われて行ったときのことだった。

立場は異なっても、今の組織の運営の仕方に異議を持つ人たちの飲み会だった。

ぼくが好きな人もいたし、そうじゃない人もいた。

ぼくのイメージ的には20人近くその飲み会にいただろうか。

そのこと自体は、つまり、お酒の場ではあるけれど、思想信条が違ってもある特定の問題について連帯的(必ずしも連帯していたわけではないと思うから)であることは当時としては先進的で画期的なことだったかもしれない。

その捉え方は現在のぼくも変わってはいない。

ぼくがその飲み会に次からは出ないと言ったのは、その飲み会の名称が引っかかったからだった。率直に言って、それは嫌悪感を抱かせた。

その飲み会が終わった時、

「ぼくは賢人じゃないから、次回からはもう出ない」と宣言した。


たかが飲み会の名称。

私的な集まりであり、その名称もおふざけのつもりだったかもしれない。

そんなの記号に過ぎない。

そう言う人もいる。

でも、当時のぼくも、今のぼくも、その名称にやはりこだわってしまう。

単なる名称であり記号であってもそこに物事の捉え方の本質が図らずもあらわれることだってあると思うからだ。


『ケンジンカイ』(あえてカタカナで表記しておきます)


自分たちはすべてを俯瞰し、正しい判断ができるのだ・・・と言うような選民意識をぼくはその言葉の中に感じとってしまうからだ。

ぼくは『賢人』なんかじゃない、どちらかと言えば、否、間違いなく『愚人』だからだ。

賢い人は無駄な軋轢を避け、処世術にも長けている。

ぼくはと言ったら、偏屈でまっすぐに突っ走るしかできなかった。

あざとく、こざかしい『賢者』となるより、自分に嘘をつかない、誠実な『愚者』でありたい・・・と思っていた。


30年以上前のことだ。。。


なぜ今日ふと思い出したのかわからないけれど、その飲み会に次回から参加しなかったぼくの感性は間違ってはいなかったなぁ・・・と改めて思ったのだった。

その飲み会はその後もかなり続いたと思う。メンバーの入れ替わりもあっただろう。ぼくは参加してないので詳しいことは全くわからないけれどね。


実を言うと自分のことながら、その時のぼくが誇らしく、ほほえましく思えた。まるで第三者の年配者が若者を見るようにね。

ただそれだけの話でした。

蛇足ながら、付け加えておくとその飲み会の中身や趣旨自体をぼくがとやかく言ってるのではなく、それは上で書いたようにある意味先進的画期的なことだったし、有意義であったと思ってる。

だからもしそれが『グジンカイ』だったら、率先して参加したし、幹事だってやっただろうと思うのだけど、今さら「タラレバ」してもね。




2022年1月5日水曜日

【20220105:水】+++100分 de パンデミック論+++

 


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午後11時、とりあえず第一弾のニューイヤーカードを投函してきた。(そしてその後再度0時過ぎにも行った)

誰も居ない深夜の暗い路地は気持ちいいものではないね。


これからまばらに届く年賀はまとめて第二弾でってことになるかな。

ところで、昨夜見た Eテレ『100分 de パンデミック論』はとても面白く、腑に落ちることが多々あった。

僕自身今まで言語化できずもやもやしていたことのいくつかが明解に説明され、ちょっとスッキリした感じ。

今日もNHKプラスで2度この番組を視聴したほどだ。


さて、1月8日(土)からの営業に備え、明日から準備しようと思ってる。

今年も正月らしいことは極力しないで済ませられたからまずまずの年末年始休業だった。


2022年1月4日火曜日

【20220104:火】+++刷り作業+++

 


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愚かなぼくはまた一睡もせず、完徹してしまった。 

朝6時に眠ろうとするのを諦めて銅版画の刷りの作業の準備を始めた。

目標30枚。

2時間ほど刷りの作業をやってると作業が単調なためか睡魔が襲ってきた。

照明も音楽もつけたまま寝落ちるように昼過ぎまで爆睡した。

ブランチを作って食べてから刷りの作業を再開した。

終わったのは5時少し前だった。

目標の30枚と別の紙と印刷物にテスト印刷2枚を加えた32枚を刷り終えた。

1日があっという間だった。

でも今日はやっと一つだけど、やろうと思ってたことができてよかった。

*写真はカタログ冊子のページを切り取って、そこに銅版画を印刷してみたもの。水分を吸収してない箇所があって、そこにインクがのってない失敗作。でもそれもぼく的にはオッケー。

2022年1月3日月曜日

【20220103:月】+++バカは死んでもなおらないってやつか+++

 


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ぼくは時々自分の在りように少なからず驚き、呆れることがある。

それは決して自分のことを良く思ってのこと、こんなぼくだけどそんなぼくが好きなんだな・・・的なことではなくて、心底呆れているのだ。

こんなことだ。

以前から男性ナレーションがとても暗いトーンで、それだから少し気になっていた作品があったのだけど、それが一気放送されていたのだ。

『不滅のあなたへ』

そう言うタイトルだった。

昨日の深夜、偶然放送されてるのを見つけ、見始めた。2話の途中だったろうか。

1話から12話まで放映されていた。

ぼくは結局最後まで見てしまった。。。見終えたら午前5時近くになっていた。

しかも、ぼくは途中何度も涙しながら見ていた。

宇多田ヒカルの楽曲がテーマ曲になっていた。


ぼくは年齢なんて関係ないと常日頃思ってる。

年齢で勝手に自分に制約を科す必要なんてないとね。

しかし、ぼくは想像してみた。例えばぼくが30歳の時、職場の定年間際の管理職や同僚をどう見ていたかを。

いくら好きなことがあるとは言え、カラダのことを考えず徹夜で何かするような無分別な人がぼくが接している人たちの中にはとても居るとは思えなかった。

今のぼくは彼らよりもさらに歳上なのに、意識的には若いままであることにちょっとした驚きを感じた。よく思うけれどもぼくの外側の箱だけはどんどん経年劣化して古びてきてるのに中身は成長していないのだ。

カラダの無理をその時にしたいことのために強いてしまう思慮のなさ。

見逃し配信サービスもあるから日中に少しずつ見ることも可能なのにである。

その場の『見たい!』と言う欲望にあっさりと負けてしまう。

大人気ない。

無分別。

バカ。

しかも、アニメに感情を揺さぶられて泣いて見たりしてる。

ぼくの場合、眼精疲労がとてもしんどいのに、何やってるんだと怒って嘆いてるぼくの中のぼくもいる。実際目薬しながら見てた。

こんなことをしてちゃいけないと反省したのだけど、きっと死ぬまで変わらないのかもしれない。そう思うとちょっと暗澹たる気持ちになったのだった。

何やってるんだろう?!って。

あ、

実は続きが今夜また放映されるんだよね。

やれやれだわ。




2022年1月2日日曜日

【20220102:日】+++青空にさそわれて+++

 


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気持ち良い青空の日だったね。

さすがのぼくもそれには抗うことができず、Dahonを荷台に積んで軽トラで出かけた。

海に行こうかな・・・とも思ったけれど、お昼をとっくに過ぎてしまっていたので近場の畑の農道に向かうことにした。

小川の水の音を聴きながら、しばらく青空を眺め、荷台で日向ぼっこした。

これだけでもぼくにとってはなんだか贅沢な時間に思えるから不思議だ。

陽が傾くと寒さがぼくのマンションのベランダにも降りてきた。

ベランダから見える隣のマンションの給水塔が夕陽を浴びて輝いていた。

ぼくは何枚もスマホで給水塔の写真を撮った。

その中の1枚がピンボケだった。

でもそれが今日の一番のお気に入りの写真となった。



ただ、それだけの日だった。

おしまい。



2022年1月1日土曜日

【20220101:土】+++2022年になった+++

 


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2022年は音もカウントダウンもなく機械的に始まった。

スマホにメッセージが届いてぼくは年がかわったことに気づいたのだった。

今年が平穏で気持ちよくすぎる、ストレスの少ない年になることを切に願ってる。


新年早々、棚に並べてあったオーブン陶土が落下した。

その後ろに貼ってあったポスターが剥がれ、陶土をなぎ倒したのだった。

高さ1m40cmほどある棚から床に落下してたのは幸いにも2つだけだった。

そのうちの1つが割れていた。

破片が粉々ではなかったので3つのパーツを接着剤でくっつけてみた。

これはこれでぼくはいいと思った。


人にしろ、モノにしろ、どこか壊れてたり、欠損してるから愛おしいとぼくは思う。

そしてそれはぼくの生き方やものごとの捉え方、考え方の結構大きな核になってるんだと修繕作業をしながら思った。

そんな2022年のスタート。

元旦からこんなんでさい先悪いのかなぁ。。。ま、仕方ないね。


各SNSでは新年のあいさつがタイムラインに並んでる。

ぼくはお店を営みながら、なぜかそれをする気にならなかった。昨日の大晦日もそうだった。

それはぼくが単なる天邪鬼だからなのかな。。。わからない。

ぼくにはこのつぶやきブログが自分の気持ちや考えをほぼ一方通行で吐露しやすいから敢えて他でやらなくていいや・・・と思っているのかも。。。定かではないけど。。。そんなところ。


と言う具合でまた2022年もうだう書いていきますね。

あまり赤裸々にならないように注意しながら。

またお付き合いいただけたら嬉しいです。


本年もよろしくお願いします!