2022年11月30日水曜日

【20221130:水】+++2022年11月の最終日は忙し+++

 


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3回目の年間パスポート使用。

植物園の南門から北門間を往復。

一旦北門出て、またいつもの展望台。

再入園してほんの少しだけど走った。

時間が押してたからね。

今度はビノキュラー持ってこよう。


鶴舞の友人宅に珈琲豆を届けてから、久しぶりに某キッチンの裏メニューをランチ時間に食す。ハヤシライス味のオムライス。




そして、栄のティザーヌへ。

ここも久しぶり。

しかも、今日は今回の展示の最終日。

宮下さんとは会えなかったけれど、辻さんの奥さんと、ガラス作家の矢野さんはいらして、少し話すことができてよかつた。




帰り道はもう夕方。

初冬の夕方のような空と光だったね。





2022年11月27日日曜日

【20221127:日】+++彫刻作品集のあとがきもよかった+++

 


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ぼくは自家焙煎珈琲店&ギャラリーを営みながら、一方でお客さんから多くの刺激と情報をいただいてる。

とてもありがたいことだ。

そしてさらにありがたいのは、たいていの場合、そんなお客さんはぼくの好みをわかってるので、ピンポイントでぼくのツボをついてくれることだ。

この沢田英男作品集もその一つだった。

そして、沢田英男さんの「おわりに」というあとがきの文章もぼくのこころを大いに動かしてくれた。

『形を壊すことで偶然をよびこみ、その偶然によって加わった要素におどろきや発見があったとき新しいものはできる・・・』

本当にそうだよなぁ~とぼくは思った。

人の技量だけでなく偶然をよびこめるものにこそぼくも魅かれるからだ。

そして締めの言葉もいいなぁ。

『小さいもの、か弱いもの、孤独のなかにこそ美はあると思うからです。』

興味あったら是非。

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おわりに

 本書は直近2年間の作品を集めた、私にとって初めての作品集です。 それ以前の40年間の作品は含まれていません。 彫刻を志して以来、 行き先も分からずただただ右往左往してきましたが、40年物の右往左往は今、「かたわらに」というこの作品集になりました。

 本書に収めた作品には、目や耳それに腕も足も具体的な形を持っていないものが多くあります。 最初は手も足も作りますが、手足を取ったり、 表面を荒らしたり、バーナーで焼いたりして、作った形をわざと壊す。 そうすることで見る人が自由に想像を広げられるあそびが生まれる。 その遊びを大切にしたい。 また壊すことで、 形の内側にある生命がよりいきいきと表現できる気がします。

 新しいものを作るには発見が必要です。 知識や経験だけでは作れない。形を壊すことで偶然をよびこみ、その偶然によって加わった要素におどろきや発見があったとき新しいものはできると私は考えています。

 小さい彫刻ばかり作っています。 美術館に収まるものでもなく、街の大きなモニュメントでもない。 部屋に置いたり、ときには旅にも連れていける。 そんなかたわらに置ける彫刻もあっていい。 小さいもの、か弱いもの、孤独のなかにこそ美はあると思うからです。

(2021年2月 / 沢田英男)


2022年11月26日土曜日

【20221126:土】+++沖潤子さんの素敵な文章+++

 


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沖潤子さんの「PUNK」という刺繍作品集をぼくは持っている。ぼくのお店に飾ってあったので見た人もいると思う。ぼくは針仕事はほとんどしたことないと言っていい。しかし、彼女の作品集を見たとき、その魅力に一瞬で引き込まれた。きっと錆びたものや朽ちかけたものが好きなぼくに、彼女の作品がシンクロする部分があるからだろう。

そしてぼくは失礼にも彼女はぼくよりもずっと歳上で、きっと白髪のおばあちゃんが一針一針縫い続けた作品なんだろうと思い込んでいた。こんな詫び錆びが表現できる人は歳を重ねた人にしかできないと思い込んでいたのだ。

今回彼女のことをネットで調べてみてぼくは驚いた。沖さんはぼくより歳下だし、ファッショナブルでとてもきれいな人だった。決めつけはおそろしい。反省してます。。。

そして、先日お客さんから沖潤子さんの文章が載った冊子を読ませてもらった。彼女の文章もまたとても素敵なものだった。改めて感性が豊かな人なんだと思った。すべてが腑に落ちた気がした。

その文章が以下のもの。

興味あったら是非。

因みにぼくも大の蜩(ヒグラシ)好き。蜩の鳴き声がどれほどぼくのこころに安らぎと清涼感をあたえてくれることか。蜩の鳴き声をきかなければ生きていけないわけではないけど、虫の鳴き声の中で間違いなく一番好きだな。


*今日の写真は神奈川県立近代美術館で現在開催中の沖潤子さんの「さらけでるもの」の図録。会期中に行けそうもないので、電話して取り寄せたよ。


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窓と地図

私は刺繍をしている。下絵を描かずに縫い目がづれたり布がよれたりを針に任せ、もつれた糸をそのまま縫いつけすすめてゆき、 曼荼羅の如く針目を重ねた形が作品となる。母が亡くなった後にのこされた大量の糸がきっかけではじめた作業だが、これを刺繍といって良いのかじつは未だにわからない。

作業はほぼ一日じゅう家の中でおこなわれている。四十半ばから制作をはじめたので、時間が足りないと云う衝迫のようなものがあり、とにかくできるだけ起きている。生命線が手首まであるしきっと時間はあると思うけれど、手を動かせる時間がどれくらい残されているだろうと思うと今集中しておかなくてはと思ってしまう。

手を止めた時にしばし見やるのは窓辺である。住みはじめて十年になる谷戸の古い家には、観音開きの木枠の窓がついている。 家を探している時、不動産屋のチラシに 「冬に陽があたりません」の但し書きがあって怯んだが、窓の佇まいに惹かれて住むことを決めた。家に籠る私には結界のようでもある、窓の周辺から捉えた夏の風景について少し書いてみたいと思う。

春先のウグイスが成長し、誇らしげなその声が谷戸に響きわたるようになると、そろそろ夏がくるとわかる。

日没から庭の隅でジーッと啼くクビキリギリス(最近までミミズの声だと思っていた)、真夜中のホトトギスの孤高の叫び、そして辺りが青くなる早朝のわずかな時間に一斉に啼きだす蜩。 耳の奥にしみこむような蜩の声は、なつかしい記憶の沼の底に導かれるようで、一年に一度あの合唱を浴びなければ生きていけないと思うほどだ。

以前ニューヨークで作品を紹介する機会があり、制作背景として蜩の話をしたところ、アメリカでは虫の声は耳障りな音という印象なので理解されにくいだろう、と言われ話がそこで終わってしまった。
音を「声」として認識する言語脳と母国語の関係など諸説あるらしいことをあとで知ったが、日本人でも虫の声に特に何も感じないと言う人がいるかもしれない。虫の声だけでなく例えば日々の中に感じる八百万の神の気配について、文化によってどんなちがいがあるものなのだろうか。そのあたりのことを今ならもう少し話をしてみたいと思う。

ある日の深夜、窓から裏山を見あげると黒い木々から煙が出ているように見えた。 火事、と思って思わず外へ出てみると、煙ではなく濃厚に立ちのぼる蒸気だった。
見たことのない景色で、 山ごと発熱してうごめいているように感じた。いつも縁側や庇に長々と寝ている猫たちが一匹も見あたらず、今夜はなにか特別な晩で、山頂の広場で異形のものたちによる重要な行事がおこなわれているのでは、と想像して胸がおどり、でも足がそこから動かなかった。台風前の異常な湿度によるものかもしれなかったが、勇気をだして確かめに行けばよかった。

ここまで書いてふと、小さな家でひとり暮らしていた祖母のことを思う。祖父が亡くなったあと、手習で身につけた紙絵を描きながらひとり暮らしていたその家は、今思いかえすと祖母がつくった聖域だった。 小学校の帰りに私が訪ねると手を止めて迎えてくれ、何を話すでもなく二人で窓辺に座り、玄米茶をすすりながら庭をながめた。少しすると「もうおかえり」とお菓子を持たせてくれた祖母の目はきっぱりとして、普段家族と一緒に会う時と少し違っていて、粛々とした気持ちになりながら帰宅したのをおぼえている。

木戸を開けたところにあった茱萸(ぐみ)の赤くすきとおった実や、土管を埋めただけの深い池、そのまわりに桜草や鷺草、福寿草などが自生していた祖母のあまりかまわない庭が、季節ごとに豊かな景色として思いだされる。いま、あの窓辺に祖母と座ったら何を話そうか。
いろいろなことの答えがわかるには人生はみじかいのだろうけれど、先に生きていた人の風景を思いだせることは幸いだと思う。さがしつづけていると、しずかに何かをつたえてくれる。

オーストラリア先住民の人たちが「道」「水場」 「足跡」などを描いた体感的な絵画のように、内在する風景をさがしながら私は地図を作っているのかもしれない。地図に記された路を曲がった先に何があるか、それを見とどけないわけにはいかないのだ。
(美術家)




2022年11月25日金曜日

【20221125:金】+++落ち葉を踏む音っていいよね+++

 


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ぼくの小確幸をおすそ分け。

落ち葉を踏みしめて公園の植物園を今週も散策した。

年間パスポートで2回目。

少しずつ制覇していくよ。

目をつむっても、歩いた路や景色が思い出せるくらいになりたい。

小原の四季桜は有名になって人でいっぱいだときいた。

ぼくは人混みが苦手だから、この植物園の中にほんの数本咲いてる四季桜でいい。

一人でじっくり眺められる幸せ。




そして青空を見上げる幸せ。

芝生を裸足で歩く幸せ。

鳥のさえずりの中を歩く幸せ。

大きく深呼吸し新鮮な空気を肺に送り込める幸せかなぁ。

最後に植物園を出てからお気に入りの展望台に向かう。

曲線の展望スペースとシャビーな鉄の手すり。

眼前に広がる青空と刷毛ではいたような白い雲。

癒されたぼくでした。


あ、そういえば、椎の木の下のベンチに腰掛けて流れていく雲を眺めてたらぼくの頭の上にどんぐりが落ちてきて、見事に命中した。それが予想外に大きな衝撃で、一瞬何が起きたのかわからないくらいだったよ。

展望台の上で手をふってるぼくの影と展望台の影。展望台の影はまるで大きなロボットのようにぼくには見える。そのロボットの頭の上にぼくは乗ってるんだ。



2022年11月21日月曜日

【20221121:月】+++フードロスしたくない+++

 


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フードロス。 

したくないけれど、時々やっちまうんだよね。

葉もの、キュウリ、もやし等々。

値段云々よりも、自分の不注意で食べてあげられなかったことが無念なのだ。

冷蔵庫の野菜室で朽ち果てさせるなんてね。

それはにわか雨でびしょ濡れになった洗濯物を見た時の気持ちと似てるかもな。

痛みかけた野菜をとにかくお味噌汁の具にして食すとかすると、小さな達成感を味わえたりする。

使い切る。

これも小確幸の一つだよね。

フードロスしないよう気をつけます!

★営業中、あまりにも暇で描き始め、一気に描き終わった。これも左手で描いた。テニエルのイラストを見て描いたもの。フォントにもこだわってみたー。


2022年11月20日日曜日

【20221120:日】+++久しぶりのテレビ+++

 


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あの国葬前からテレビを見るのをぼくはやめた。

もともとテレビをそんなに見てなかったけれど、NHKのドキュメンタリーやドラマなどを選んで見ていた。

しかし、それすら見るのが嫌になった。

それはNHKの忖度し続ける報道姿勢に嫌気がさしたからだ。

以前にも書いたように、他国のことや、過去のことには正論を吐けても、現在の自国のこととなると途端に歯切れが悪くなり、当たり障りのないことを言うだけで、優等生ヅラするからだ。

ぼくはこのNHKの「優等生」的なところが嫌だ。

福祉や子育て、教育、医療や料理や趣味の番組では優しく寄り添うようなアナウンサーたちも、それが政治の時局のこととなると固く口を閉ざす。巨大組織の一員だし、なりたくてなった高給とりのあこがれの職だから当然失いたくない。そうしたら空気を読んで黙するのが優等生なのだ。

極端なことはもちろん、私見も言わず、顔にも出さず、まさに優等生なのだ。

上からの命令には従順、それが優等生なのだ。

自分ひとりが意見を言ってもどうにもならないと合理化するのだ。

だから優等生はつまらない。

あ!この人はきっとぼくと同じようにこれは間違ってると思ってるな・・・というようなことがない。

骨の髄まで優等生なのだ。

あ~つまらない、つまらない。

そう思うようになったら、テレビだけでなくNHKのラジオもつまらなくなった。

当たり障りのないことでは自分のおもいを述べても、自国の政治にかかわることには言及しない。

もしぼくにNHKのアナウンサーや職員に友だちがいたら、きっと彼や彼女に実際のところどう思ってるのか問うてみるだろう。

そんなぼくだったけれど、久しぶりに今朝、日曜美術館を見た。建築家安藤忠雄の特集だった。彼の公共建築が好きか嫌いかは別にして興味深い内容だった。

テレビを見ないでいることは、慣れればなんともない。テレビだけから情報を得ようとしなければ苦でもない。

最近ではチューナーの無い液晶テレビ(?)も売られているという。

テレビをもたないという選択肢をぼくらはそろそろ持ってもいいのかもしれないね。




2022年11月17日木曜日

【20221117:木】+++After Yang+++

 


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お客さんからおすすめの映画だった。

そして友人の丹羽君からも同じようなメールをもらった。

そして、そして、

今日が伏見ミリオン座(移転後初めて行くことになった)での上映最終日だった。

滑り込みだった。

静謐な映画ときいていた。

まさにそう。

ぼくははじめ何度も眠りそうになった。

おすすめの映画なのに眠って見なかったらすすめてくれた人たちに申し訳ないと思った。

だから気力をふりしぼって何度もたちあがった。

まるでダウンを繰り返しノックアウト目前のボクサーのように。

しかし徐々に暗いトーンの映像にも慣れ、何よりヤンの禅僧のような言葉に聴き入るようになった。

そして、UAの「みずいろ」を編曲したメロディーが流れてるのに気づいてやっと映画の世界観に入りこめたような気がした。

この映画でも、人間とAIとクローンとの関係。それらを通して命や記憶や感情と言ったキーワードを掘り下げようとしているようにぼくには思えた。

切ない話だった。

そもそもぼくも有機物と無機物の境界線のあいまいな部分に興味があった。

「無があるから有がある」

「AIが人間になりたいと思うなんて、人間のうぬぼれだ」

というような言葉が印象に残った。

久しぶりの映画館での映画鑑賞だった。

木曜日は1200円というのもよかった。



2022年11月16日水曜日

【20221116:水】+++ポタリングとボート+++

 


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がんばったなぁ。

久しぶりに。

Dahonでまずはモーニングに。

カフェのデッキの向こうの池にはカモが何羽もいた。

池にカモがいるってなんだかかっこいいなぁ。



その後、近くの公園のボートのりばへ。

手漕ぎボート30分400円。

因みに足漕ぎボートは800円!

ボートはやはり手漕ぎでしょ。



池を独り占め。いや、一艘占めだった。

手漕ぎボートの場合はライフジャケットを着用。

あの北海道の観光船事故があってからなんだろうね。



そんなことしてたらすぐにお昼になった。

お客さんに教えてもらったゴルフ場にあるカフェでランチ。

満席になりそうな状態で驚いた。

テラス席にしたから目の前のコースでゴルフをしてるひとたちが見おろせたりした。

ランチもおいしかった。

中身の異様に濃い半日だった気がする。





2022年11月14日月曜日

【20221114:月】+++海を眺めてすごすために+++

 


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ぼくのアシである軽トラ。

友人のタカさんから譲ってもらったお気に入りのクルマだ。特にこのホンダ・アクティーはね。

デカいぼくでもオートマだからクラッチ切ってシフトを変える必要ないから乗れるのだ。でないと、左膝がハンドルにぶつかってしまうんだよね。

それはともかく、軽トラの荷台は物を運ぶだけでなく、あおりを倒せば作業台にもなるし、正真正銘フルフラットだから脚を伸ばして横になることもできる。

荷台を海に向ければ、荷台の上で海を眺めながら珈琲を飲んでたそがれることもできる。

ただ陽射しが眩しかったり、人の視線が気になることもある。

そこで今回購入したのがこのチープなポップアップテントだ(税込送料込1,786円)。横幅は荷台のサイズと同じ1400mm。上半身が入るくらいのサイズで日除け用だ。実際はこのテントにテント用のマットを敷いて横になって本を読んだりすることになる。午前から日没前まで過ごせたらいいなと思ってる。自転車も積んで行かなくちゃね。




2022年11月13日日曜日

【20221113:日】+++カレンダー完売したけど+++

 


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銅版画作家の森田朋ちゃんの2023年カレンダーのVOUSHO分はおかげさまで完売した。

自分用はもちろんのこと、お友達へのプレゼントとして複数冊購入してくれた人が半分ちかくいた。

朋ちゃんの方から残部がまだ少しあるとのことなので、カレンダーを追加してもらうことに。

複数冊購入したい人は早めに問い合わせしてください。

今日は久しぶりの雨。

ずっと好天続きで、それはそれでいいのだけど、たまには雨と雨音をききたくなったりするんだよね。

2022年11月11日金曜日

【20221111:金】+++あいまいが苦手なときもある+++

 



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あいまいさが必要とされる時もあるのは理解できる。

でも日常のちょっとしたことでのあいまいさに困ることがある。はっきりさせてほしいと思うことがある。

例えば、ライブとかの投げ銭もそうだし、食べ物を出してくれて好きな金額を支払うというのもそうだ。

きっと似たようなことがぼくらの日常に幾つもあると思う。

だから、ぼくは投げ銭系のライブには行かないし、いくらでもいいよという食事系イベントにも行かない。

うがった見方かもしれないけれど、安く金額設定するより人もお金も多く集まる可能性があるからではないだろうか。

ま、とにかく、いくらくらい払ったらいいのか考えるのも面倒なので、ぼくはそれなら金額指定されてるところに行くということです。




2022年11月10日木曜日

【20221110:木】+++ぼくの好きな展望台+++

 

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カフェ・レイドバックでモーニングしてから、すぐ近くの公園の展望台へ行った。

ぼくはこの展望台のデザインが好きでたまらない。錆びた鉄の手すりもいい感じなのだ。

この公園の植物園の年間パスポートも購入した。

夏は暑くてダメだけど、秋、冬、春は大芝生を裸足で歩くつもりなんだよね。

とても気持ちいいんだな、これが。




2022年11月8日火曜日

【20221108:火】+++嬉しかったことと、皆既月食+++


 

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嬉しかったこと。

それは、VOUSHOの珈琲豆の紙袋をずっと保管してくれてる人がいることを知ったことだった。

そういえば、彼は珈琲豆も購入してくれるのに一度も通い袋として使ったことがなかった。

大切に保管してると奥さんが教えてくれた。

ありがたいこと。

うーん、なんかやる気出てきたワン!

今夜、皆既月蝕があるなんて全く知らなかった。

このところずっとテレビやラジオやスマホでニュースを見てないからだ。

お客さんから教えてもらって、営業終了後、お店の入り口のところで徐々に欠けていく月蝕を3人で見上げていた。

最後まで見るのは初めてだったし、3人でワイワイいいながら見るのも悪くなかった。

カラダは冷えてしまったけれど、貴重な経験ができたのかな。

面白かった〜。 

ぼくのiPhone 7plusのおカメラ機能では全く月蝕を撮影することは出来なかったけどね。



2022年11月7日月曜日

【20221107:月】+++太くんと再会+++

 


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営業終わってお店閉めてから太くんと2階スペースに。

先日作り置きしておいたスパイスカレーと太くんが買ってきてくれたコロッケで夕飯とした。

そして日本酒とウィスキーを呑みながら徒然に歓談。楽しかったなぁ。

話題がどこへ行くかはその時次第。

あっち行ったり、こっちに戻ったり。

9時半ごろ、宿泊先のビジネスホテルに太くんは帰って行った。

階段下にはきちんと揃えて置いてある太くんの革靴がとても印象的だった。

良い時間をいつもありがとう!



2022年11月5日土曜日

【20221105:土】+++思いがけない来店者+++



 

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今日はサプライズ&久しぶりのお客さんが。。。

こんな日もある。

初対面だったり、久しぶりだったり。

ひさしぶりのお客さんとは営業終了時間まで話し込んだ。

貴重な時間だった。

ありがとう。



2022年11月4日金曜日

【20221104:金】+++海上の森へ+++

 


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久しぶりの海上の森。

一番の近道で短時間コースを選択。

ぼくが個人的に『アドベンチャーコース』と名付けてるコースだ。

海上の森大正池の淵の山道を通るコースだ。

途中、ロープで池のダムの上までのぼるからアドベンチャーってことで。


行きも帰りも誰とも出会わなかった。

これが海上の森の良さでもある。

駐車場には車が何台も停めてあるから最低でもその台数分の人が海上の森のどこかに居るはずだけれど、遭遇しないときも今日のようにあるんだ。

新型コロナ禍であっても、ここは人と出会わないから行動制限なんて関係なかった所以だ。

ぼくはこういうスポットが好き。

それにしても久しぶりだった。

カラダがなまってしまって、緩いのぼり坂が急なのぼり坂に見えたほどだった。

しんどかったけど気持ちいい。

雑草も枯れて見通しもいいし、虫もいない。

これからがぼくにとっては海上の森のシーズンイン。

今度はいつ行けるかなぁ。。。

2022年11月2日水曜日

【20221102:水】+++光と風と音につつまれて+++


 

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久しぶりに海へ向かう。

ぼくにとっては非日常の広大な空間。

それを眺めるだけでココロは解放される。

きらめく光。

波の音。

頬をなでる風の感触。

そして上空には猛禽類の鳴き声。

潮の香。

海面下を行き交う魚影。

ぼくには人の作ったアミューズメントパークなんて必要ない。




誰も居ない防波堤を歩き、その突端にある小さな灯台の下に腰かけ、持参した弁当と珈琲を口に運びながら海を眺める。

これこそ、ぼくの小確幸。







2022年11月1日火曜日

【20221101:火】+++森田朋さんの2023年カレンダー販売開始しました+++

 


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銅版画作家森田朋さんの2023年カレンダー販売開始しました。

今日朋さんが持ってきてくれました。

VOUSHOは15冊入荷。

既に4冊売れました。

紙ケース入りの12枚。

完成度高いなぁ。

さすがです。

なるべくお早目にね。


2023 calendar

Tomo Morita

税込2,000円