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夜、FMラジオを聴きながら厨房で洗い物をしてたんだ。
そしたら椎名林檎の『丸の内サディスティック』が流れて来た。
なぜかわからないけれど、ぼくのココロに熱いものが込み上げて来た。
なぜ涙が流れるんだろう。。。
歌詞とかとは全く関係なく、椎名林檎の声とメロディーがぼくを切なくしたのかな。
2度と取り返しのつかないような何かを、ぼくは遠い昔に置き忘れてしまったのか、失くしてしまったのか。
自分でもわからないから、厄介だ。
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友人から貸してもらった本のまえがきを繰って数行読んでみた時だった。
そこにはこんなことが書かれていた。
<ぼくは、「ぼく」と書くのを止め、「私」にしました。「おとうさん」とか「おかあさん」ではなく「父」と「母」にします。だって 、おじいさんになりかけているのに、いつまでも「ぼく」じゃ成長が止まっているみたいで変だと気づいたのです。>
と、こんな具合だった。
ぼくが高校教諭だった時、生徒の前で話す際も「先生は・・・」でなくいつも「ぼくは・・・」と言っていた。ぼくの先輩教諭や直属の上司、あるいは管理職からも何度か注意された。「なぜ自分のことを先生は・・・と言わないんだ」と。
ぼくはその忠告をスルーし続けた。気がつけば何十年も経って、もうとっくに誰もぼくに忠告なんてしないようになっていた。
自分のことを「先生」と呼ぶなんて気持ち悪いことできるか!とぼくはずっと思ってた。『ごっこ遊び』の好きな人なのかな・・・と思ったりもした。
ぼくが友だちになれそうな人かどうかの一つの判断材料にもなってたな。
学校内なら仕方ないとして、校外でしかもプライベートな時にもお互いを「○○先生」と呼びあう気持ち悪さを感じない人が実に多かった。今振り返ると、それが当時の教育業界の大きな違和感の一つだった。ぼくには何の違和感も持たず、逆に誇らしげに自分のことを「先生はな・・・」と言ってる同じ世代の同僚を見るたびに、この仕事が自分には向いてないんじゃないかと思ったものだ。
話が逸れたかな。
だから、ぼくはちびっこの頃から、そして県立高校の教諭として社会人として就職してからも、そしてしがない珈琲店のマスターをしてるいまでもずっとぼくの使う一人称は「ぼく」なのだ。
そんな愚かな(?)大人がいてもいいとぼくは思ってる。
変なおじさんだと思われてもいい。
成長が止まってると思われてもいい。
だってさ、もともと、ぼくの精神は17歳で止まったままなんだからね。
死ぬまでぼくは「ぼく」でいくよ。
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