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ぼくの好きじゃないことは、実はいくつもある。
そのうちの一つは、以前にも書いたように
「威張った人」だ。
「虎の威をかる人」も「寄らば大樹の陰的人」もダメ。
「群がりたがる人」も苦手。
まぁ、こういうことだから、ぼくは世間をどんどん狭めてしまいまった。
好きでない人に割く時間はぼくにはもう無いので (人生の
ロスタイムに入っている年齢なので)、近づかない
ようにしている。
それと話していて次のようなフレーズを使う人を
ぼくは信用しないことにしている。
「絶対に◯◯だ」 とか、「いつも◯◯だ」とか「必ず◯◯だ」とか
「一言も◯◯しない」とか断言したり、十把一絡げに物事を言い切る人だ。
そいういうのをぼくは好きじゃない。
これまた昔のことだけど、ぼくはその当時の同僚とスナックのカウンターで
バーボンを飲みながらオウム真理教の教義について議論してた。
議論というか、ぼくは彼のいうことに反発していた。
と言うのはオウムはどんな人もいくつかの型 (つまりパターン)に分類できると言う
ことにぼくはその時酔っ払った頭で異議を唱え続けていた。自分自身のことすら自分でよくわからないのに、他人のことをいくつかのパターンに当てはめることができるなんておかしい。
人はそんなに単純なものではないとぼくは主張した。それは人のことをわかったつもりになってるだけの奢りだとぼくは言った。
彼はその議論の最後に「あんたは業が深いなぁ」とぼくに向かって言ったことをいまでもはっきりと覚えている。 酔っ払っていたのにね。
まぁ確かにぼくは自分でも業が深い人間だと思うから仕方ないけどね。(因みに彼とはその後も仲良しだった)
この数年後にあのサリン事件が起きたのだった。
でも、こう言うぼくも断定的な言葉を無意識に使っているかもしれないから、気をつけないと
いけないね。
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