2026年8月18日火曜日

【20260818:火】+++母、看取り段階に+++

 

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午前11時に施設の担当医との面談でのこと。

母は看取り段階に入った。

食事がとれなくなってきたからだ。

介護スタッフの話では今では食事の1割ほどだと言う。

体重も30Kg台になり、手足も痩せ細くなってしまった。

ぼくは面会のたびにアイスクリームやフルーツゼリーやプリンなど冷たくて喉越しの良いものを母に食べさせるのだけどいずれも多くて三分の一ほどしか口にできなくなった。

それでもまだ口を開いて食べてくれるので意識がある限り続けるつもりでいる。

 

 

 

母の写真や動画を保存してあるノートパソコンのフォルダを見ると、施設にお世話になってからほんの1年10ヶ月の間に母は一気に老化の速度を速めていった気がする。

自分で歩いて施設の入り口を入って行った母。そんな母がその後施設内で転倒し、大腿部を骨折、入院・手術してから坂を転げ落ちるように、それはまるで老衰へのスイッチが「パチン!」と入ったように、母のできていたことが確実に着実に1つずつ消えて行ったみたいだった。それに比例し認知症の度合いも深まって行った。そのくらい、大腿部を骨折し歩けなくなることが歩行能力以外においても高齢者に多大な影響を与えるものだとぼくは思った。

一方ぼくは現実的具体的に母が亡くなった時の準備を粛々と始めなければならなかった。

医師との面談後、予約しておいた葬儀場で生前見積もりを行い、夕方には母の兄弟にそれぞれ電話をかけ看取り段階に入ったことを知らせた。葬儀の読経をお願いするお坊さんの手配もすすめていかなくてはならなかった。

今の救いは、母が痛みで苦しんでいないことと、まだぼくのことをかろうじて認識してくれていることだ。そして親族ではなくても母のことを気にかけてくれてるぼくの友人、知人たちの存在だ。

母が他界するのは2週間後かもしれないし、半年、あるいは一年後かもしれない。それまでの間残された母との時間を大切にしなければと思っている。

こんなことを書くと、まるでぼくが心優しい親孝行な息子に勘違いされるかもしれないけど、実際のぼくはその真逆。誇張なく、ずっと親不孝でわがままで恩知らずで優しい言葉すらかけられない息子だったから。誤解なきように。

 

 

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