2026年6月30日火曜日

【20260630:水】+++太くんとの午後+++

 

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久しぶりに太くん来訪。  

午後5時に二人で早〜い夕食。 

鰻の巴屋へ。(昨日予約しておいたのだ)

この店は瀬戸の穴場の名店だとぼくは勝手に思ってるし、店主の人柄もいいと勝手に思っている。

いつものように特上鰻丼(2,900円)。今となってはこれでもリーズナブルな値段。

お客さんはぼくたち二人だけだったので太くんの東北、北海道旅行のエピソードを興味深くゆっくりききながらタレのきいたウナギを頬張った。 

その後少し離れた巴屋の駐車場に戻る途中、養蜂店の叔父に7年ぶりに遭遇した。父の葬儀以来だった。しばらく国道脇で3人で立ち話。82歳になった叔父。昔のようにマッチョではなくなったけど元気そうで何よりだった。会えて本当によかった。

そのままVOUSHOに引き返すのをやめ、急遽太君と岩屋堂を散策することにした。

午後6時過ぎの岩屋堂は犬の散歩をしてる夫婦一組とすれ違っただけでほとんど他に人影がなかった。

『ツキノワグマの目撃情報有り』という看板があってちょっとびびった。

ぼくたちは、瀬戸大滝まで散策して戻ってきた。

 

VOUSHOに帰ってきてから、冷蔵庫で冷やしておいた蓬莱泉を呑みながら日付が変わる直前まであれこれ話した。楽しい時間はいつもあっという間に過ぎ去るのだった。

またねー。



2026年6月27日土曜日

【20260627:土】+++ドラマと現実世界との乖離+++

 

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中立なんてあり得ないとぼくは思っている。

仮に極右に政治が流れたら穏健派右翼当たりが中立ということになる。

そしてその基準は個々人で異なる。

主観的なものなのだ。

中立という言葉が言い訳になっているとも思う。

テレビを見なくなって久しいが、時折外出先で見たりすると相変わらずNHKのニュースは現政権に忖度しまくりでジャーナリストの矜持というものを保身の前に捨て去ったのかと呆れる。

そこでも中立という護符を掲げて言い訳するのだろう。

ところが、同じNHKでもドラマやドキュメンタリーでは気骨あるところを見せていたりもする。

また最近民放で毎週楽しみにしていて、見ては大抵泣いているドラマがある。

『銀河の一票』だ。(いずれもぼくはテレビでなく配信で見ている)

財界や労働組合のバック無しで都知事選に立候補する政治素人の(元養護教諭で元スナックのママの)女性を大物政治家の元秘書やそこに加わった人々がサポートしていくドラマだ。

誰一人取り残さない社会をモットーにしていて毎回セリフに泣かされる。

時々これってれいわ新撰組?と思ったりする場面もある。

演出が「ひらやすみ」の松本佳奈なのもいい。

もちろん役者の演技も素晴らしい。


それにしてもだ。

現実世界は大企業優先、米国追従、憲法改悪とドラマの真逆。弱肉強食で自己責任論のまかり通る非寛容社会がますます強固なものになってきている。

米国でトランプのような大統領が選ばれてしまうことに驚き呆れていたけれど、この国の現状はトランプのように世界的な影響は与えられないものの、ある意味それ以上にありえない首相が国の舵取りをしているわけだ。

ぼくらはドラマでガス抜きさせられているのだろうか。

一体このドラマと現実世界の乖離はなんなんだろう。

ぼくは現実世界でも弱者を置いてきぼりにしない社会を十分目指せる・・・といまでも思ってるのだけどね。


 (2つの台風、8号と7号が接近して去って行った夜に。)

2026年6月18日木曜日

【20260618:木】+++久しぶりのお絵描き+++

 


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すごく久しぶりに絵を描いた。

右利きのぼくだけど左手で描き始め、細かな線描や点描のところで右手に変えた。

草むしりと同様に絵を描き始めると他ごとを考えることもなく集中できるのが気持ちいい。

最近のぼくは絵を描く気力が無く、絵やモノを創り続けている人をみると、それも一つの大きな才能だと羨ましく思う。

ぼくには無いものだ。

描き続ける、創り続けるって誰でもできるものではないが、基本の基本だろう。

ボチボチでいいから続けていけたらいいなぁ。



2026年6月16日火曜日

【20260616:火】+++胃痛で点滴+++

 

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胃が痛いことは滅多にないぼくだけど、今日は胃の存在を嫌という程知らされた日だった。

二度と同じ過ちを繰り返さぬことを誓ったほどに。

胃痛と吐き気と膨満感の原因は明白だった。

自宅で一人昼食をとった後(スーパーで昨夜買ったお好み焼き)、冷蔵庫にごま油と塩で和えたワカメがあることを思い出し、ドラマを見ながらガラス容器から直にたくさん食べてしまった。振り返って思い出してみると無意識に頰張っていた。

これがまず胃痛の原因の1つに違いない。

そして、午後4時半ごろ、同じくドラマを見ながら冷蔵庫の冷凍室に900ml入った大きなアイスクリームのカップを取り出し、残っていた3分の1ほどを完食してしまった。これもやめられなくてスプーンを口に運び続けてしまった。

ワカメもアイスクリームも容器からカップ等にうつさずに食べたことがいけなかった。

その後車でドラッグストアとセリアの入っているマルシェに行き、買い物を済ます頃、アイスクリームを食べ切ってから30分ほど経った頃だけど、まずは吐き気と膨満感が襲ってきた。

そしてそこに胃痛が加わり、吐き気と膨満感以上に胃痛がぼくを苦しめ始めた。

運転するのもやっとだったけれど、自宅に戻る途中、あまりの苦しさに何年も行ってない内科クリニックに飛び込んだ。

あとでわかったことだけど16年ぶりだった。

原因と思われることを医師に説明し、血圧や触診をしたあと、胃の動きを抑える薬とビタミン剤の入った点滴を打ち、血液検査もすることになった。

30分くらいで点滴は終わった。

そして再度の診察で血液検査で炎症反応のないこともわかった。少しだけ胃痛がやわらいできた気がした。

胃腸の薬を処方してくれて帰宅した。

それが午後6時半頃。

そこからまた痛みが増し、どんな体位をとっても痛みと吐き気と膨満感がつきまとって離れなかった。

それでも午前0時半ごろに眠ったと思われる。

よく朝5時半に目覚めた時には胃痛も吐き気も膨満感も消えていた。

クリニックから帰ってきて気づいたことに唇の端にヘルペスができていた。胃が弱っていたのだろう。そこに繊維の豊富なワカメとアイスクリームが合わさってお腹の中で膨張したのだろうか。

とにかく辛かった。

これを機にもう二度と暴食をしないと誓った。

喉元過ぎても忘れないようにね。

 


2026年6月13日土曜日

【20260613:土】+++2年も経っていたなんて〜!+++

 


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山中君が来店!

Pentax SL のシャッターが切れなくて、固着していたのだった。

それを◎エ◎コカメラの山中君が来店した時託したのだった。

それがもう2年前のこと!

すぐに山中君は直してくれたのだけど、新栄のお店に取りにいくタイミングがなくてあっという間に2年が経ってしまっていたなんて!

2年て言ったら、生まれたばかりの赤ちゃんが、スタスタ歩いておしゃべりするくらいの時間なんだよね。本当に時は宇宙人のように身軽にぼくらをすり抜けていくね。

物々交換。お礼にフィリップス社のOEMで、アップル純正CDプレーヤーであるPowerCDを持って帰ってもらった。これはずっとお店に飾ってたやつ。もちろんいまでもCDを聴ける。

彼と話していると本当に楽しい。

とても良い時間だった。

Pentax SLはほぼオーバーホールされたと言っていいほどきれいに整備されてた。ファインダーも綺麗になってるし、モルトも張り替え。シャッター鳴きも無くしてくれて、金属製のレンズフードまで着けてくれてた。1960年代の一眼レフはずっと使える良いカメラだね。



 

2026年6月10日水曜日

【20260610:水】+++軽トラ荷台にゴムマットを+++

 



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ぼくの軽トラ、ハイゼット・ジャンボの荷台にゴムマットを敷くことにした。

荷台に載せてるボックスのガタつき音が鬱陶しかったので、それがゴムマット採用の一番の理由。2番目の理由は荷台に寝転んだりする時多少なりともお尻や体の痛みを軽減できること。


ジャンボは運転席が普通の軽トラより広いことから、その分荷台が狭くなっている。そのため広くなったスペース分だけ荷台が運転席下にもぐり込むという特殊な形状になっている。

つまり、ゴムマットをそのままの形では敷き詰められないので、少しカットして置くことになる。この作業が面倒でマットが届いて半月ほど経ってしまっていた。

現状シワがついてるが、1ヶ月くらいで伸びてきれいに収まるものと思われる。

ゴムの臭いがきつかったりと良いことばかりでないのはもちろんのこと。もし使い勝手が良くなければ、はずせばいいことなので様子を見ながら使っていくことに。

さて、使いごごちはどうだろうね。

【追記】

走ってみたら、荷台のボックスのガタゴト音も消えて静か!

これだけでもゴムマットを敷いてよかった。

それに荷台に横たわってみたら鉄板の固さや冷たさも減りぼく的にはかなり快適。

ぼくの軽トラの使い方としてはマストアイテムなのかもね。






2026年6月7日日曜日

【20260607:日】+++雨の浄水場は最高だ!+++

 

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雨。

今日は年に一度の馬ヶ城浄水場の公開日。

6月第1週の水道週間でのイベント。

ぼくはコロナ禍の前から行き始め今回で何回目なんだろう。

調べてみたら6回目だった。

2016年、2017年、2018年。そしてあのパンデミック。

2022年、2025年と今回2026年だ。

 

コロナ禍前は市内県立高校の茶道部がお茶とお菓子をだしてくれたりしてたんだ。

VOUSHO写眞倶楽部としても行ったことがあった。

いつぞやも小雨が降ってる時に行ったのだけど、その時もとても空いていた。

だから今日も絶好の見学日和だと予想していた。

狙いは的中!

スタッフの数の方が遥かに多かった。

人が勝手に入って踏み荒すことがないから、木々や植物や苔なんかの緑もとても綺麗なんだよね。

国道248号線からほんの少ししか離れてないのに静かで別世界。

因みにVOUSHOの水道水もこの馬ヶ城浄水場の水らしいんだ。

 

うろこ状の水の流れが美しい高さ15mのダムの手前の写真スポットも、そしてダムの上も誰もいなかった。

独り占め!


行き帰りはレインウェアーを着て自転車でね。

VOUSHOから10分か15分くらいかな。

お店をあける前だからちょっとバタバタするんだけど、その価値は十分すぎるほどあったよ。

 

 また一緒に行けるといいね。

 

2026年6月5日金曜日

【20260605:金】+++男性平均寿命81歳+++

 

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現在この国の男性平均寿命は81歳なのだとか。

この平均寿命からぼくの年齢を引き算するのはとても容易だったことから改めて歳とったことを実感した。自分自身の現状をたまには客観視しないといけないということか。

しかも健康寿命の平均年齢72歳はさらにぼくを驚かすことになった。もうすぐじゃん!

だとすると平均9年間、なんらかの体の不調や病や怪我で行動が制限されたり入院してたり闘病してたりというわけだ。そんなに長く苦しい思いをするのは本当に嫌だし恐怖だ。

そんなわけで能天気なぼくも今後のことをちょっと考えさせられることになった。

いや、いきなり現実を突きつけられたみたいに大きな衝撃だった。

まだ何十年も人生が続くかのような幻想、あるいは妄想を軸にぼくはなんとなくこれからのことを思い浮かべていたからだ。

例えばマンションのリノベを考えたり、お店を今のようなペースでずっとやり続けていくつもりになっていたからだ。それなりの金額をかけてリノベして何年そこに住むことができるというのか。お店を維持するのも今でも体力的に余裕ないのに。

あきらかに、思い違い、勘違いをしていた・・・と思った。

人生の終盤の計画を見直す必要がある・・・とも思った。

 

ぼくは早死にするんじゃないかという思いにとらわれ30歳まで生き急いでいた。

ここに来て、また再び人生の終焉を前に生き急ぐことになるのだろうか。

あれ?

生き急ぐのではなく、死に急ぐ・・・なのかな?

ま、どちらでもいいか。要するにそういうことなのだ。焦りみたいなものだ。

 

ぼくは何がしたいのか?と自問してみた。

美味しく食べられるうちに、胃腸が拒否したり、食欲が失せる前に、美味しいものを美味しく食べたい!逆にいうとまずいものは食べたくない!

人間関係も同様で気の合う人とは交流したいけれど、そうではない人とは交流しない。これは現時点で実行できてる。ストレスの大半は人間関係から来ているのだから、嫌な人と無理に付き合う必要は全くないし、そんな時間の余裕はない。友達は多くなくていいのだ。

散らかしたまま、作業できるスペースが欲しい。やりかけたまま放置しておけるスペースってのは理想的。

出不精だけど、国内旅行もたまにはしたいかも。(海外は面倒だしこの円安ではぼくの経済力では無理)。できれば旅程を組まず、行き当たりばったりな旅がいい。

 営業日を土日のみの二日に減らしてもVOUSHOを続けていきたい。

これらいくつか挙げたことが今のぼくの望みであり、したいことだ。

最大の変化はマンションのリノベの優先順位が下位に転落したことだ。

とにかく、今みたいに日々の生業や生活に流され、人生の残り時間の短さに無頓着なまま有限な時間を浪費せず、小確幸を感じる心のゆとりをもち、それに感謝しながらぼくの人生の総まとめをしていきたいと思うのだった。

2026年6月4日木曜日

【20260604:木】+++母4度目の入院+++


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先月5日から21日まで誤嚥性肺炎で入院し、退院して2週間ほどしか経ってないのにまた入院することとなった。

昨日の夕方、施設から電話があり母は微熱があり血尿が続いているとのことだった。今朝熱が下がらなければ病院で診てもらうことになった。

11時に病院で施設の看護師と合流し、母の付き添いを引き継いだ。

微熱があるため受診前にコロナとインフルの検査をした直後で結果待ちの状態だった。

結果はもちろん両方とも陰性で、その後総合内科で受診となった。

医師に病状を説明した後、CT撮影と血液検査と尿検査をすることに。

CT撮影は待ち時間も長くなくほぼ順調にいったけれど、血液検査に時間がかかった。

母はとても血管が細く、しかも脆いので針が入らないからだ。2本採血するのに40分近くかかった。

そして尿検査は看護師による導尿で行うのでこれも時間が少しかかった。

やっと検査が全て終わり、再度の受診待ちに。

母の嘔吐での緑色の液体は胆嚢を摘出しているため、ずっと流れ出ている胆液であり、血尿は膀胱炎からくるものだろうと言う説明がされた。高齢の女性が頻繁に膀胱炎になることがあるそうで、この2つの説明は腑に落ちた。

また、CT画像から尿路結石による感染症の疑いが高いとの判断で泌尿器科でも受診することになった。

問題は1cmもある尿路結石だ。

泌尿器科医によると94歳の母に全身麻酔で手術することはできないらしく、抗生剤を点滴して炎症を抑え経過観察する以外無いとのことだった。

結果、昨年5月から通算4度目の入院となった。

病棟の部屋に移動し終え、入院の手続きを完了して病院を出たのは午後4時半だった。

母の入退院に慣れてきたとは言え、5時間越えの病院付き添いはぼくにも応えた。

ただただあてもなく待合室で待つ時間は苦行以外のなにものでもない。毎回生気を吸い取られる気がする。

母のように超高齢になり健康寿命を損なうと根本治療ではなくこのように対処療法しかない現実が待ち構えている。こう思うと長生きすることの良し悪しも正直わからなくなる。長生きにこだわるより健康寿命を少しでも長くキープすることの大切さを改めて思うのだった。