2026年6月5日金曜日

【20260605:金】+++男性平均寿命81歳+++

 

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現在この国の男性平均寿命は81歳なのだとか。

ぼくの年齢からこの平均寿命の残りを簡単に引き算できることに改めて驚いた。

しかも健康寿命の平均年齢は72歳というのはもっと驚いた。

だとすると平均9年間、なんらかの体の不調や病や怪我で行動が制限されたり入院してたり闘病してたりというわけだ。そんなに長く苦しい思いをするのは本当に嫌だし恐怖だ。

そんなわけで能天気なぼくもちょっと考えさせられた。

いや、いきなり現実を突きつけられたみたいに大きな衝撃だった。

まだ何十年も人生が続くかのような計画をぼくはなんとなく思い浮かべていたからだ。

その証拠に住まいのリノベを考えたり、お店を今後もずっと今のようにやり続けていくつもりになっていたからだ。それなりの金額をかけてリノベして何年そこに住むことができるというのか。

あきらかに、思い違い、勘違いをしていた・・・と思った。

人生の終盤の計画を見直す必要がある・・・とも思った。

 

ぼくは早死にするんじゃないかという思いにとらわれ30歳まで生き急いでいた。

ここに来て、また再び人生の終焉を前に生き急ぐことになるのだろうか。

あれ?

生き急ぐのではなく、死に急ぐ・・・なのかな?

ま、どちらでもいいか。要するにそういうことなのだ。焦りみたいなものだ。

 

ぼくは何がしたいのか?と自問してみた。

美味しく食べられるうちに、胃腸が拒否したり、食欲が失せる前に、美味しいものを美味しく食べたい!逆にいうとまずいものは食べたくない!

人間関係も同様で気の合う人とは交流したいけれど、そうではない人とは交流しない。これは現時点で実行できてる。ストレスの大半は人間関係から来ているのだから、嫌な人と無理に付き合う必要は全くないし、そんな時間の余裕はない。友達は多くなくていいのだ。

散らかしたまま、作業できるスペースが欲しい。やりかけたまま放置しておけるスペースってのは理想的。

出不精だけど、国内旅行もたまにはしたいかも。(海外は面倒だしこの円安ではぼくの経済力では無理)。できれば旅程を組まず、行き当たりばったりな旅がいい。

 営業日を土日のみの二日に減らしてもVOUSHOを続けていきたい。

これらいくつか挙げたことが今のぼくの望みでありしたいことだ。

最大の変化はマンションのリノベの優先順位が下位に転落したことだ。

とにかく、今みたいに日々の生業や生活に流され、残り時間の短さに無頓着で有限な時間を浪費せず、小確幸を感じる心のゆとりをもち、それに感謝しながらぼくの人生の総まとめをしていきたいと思うのだった。

2026年6月4日木曜日

【20260604:木】+++母4度目の入院+++


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先月5日から21日まで誤嚥性肺炎で入院し、退院して2週間ほどしか経ってないのにまた入院することとなった。

昨日の夕方、施設から電話があり母は微熱があり血尿が続いているとのことだった。今朝熱が下がらなければ病院で診てもらうことになった。

11時に病院で施設の看護師と合流し、母の付き添いを引き継いだ。

微熱があるため受診前にコロナとインフルの検査をした直後で結果待ちの状態だった。

結果はもちろん両方とも陰性で、その後総合内科で受診となった。

医師に病状を説明した後、CT撮影と血液検査と尿検査をすることに。

CT撮影は待ち時間も長くなくほぼ順調にいったけれど、血液検査に時間がかかった。

母はとても血管が細く、しかも脆いので針が入らないからだ。2本採血するのに40分近くかかった。

そして尿検査は看護師による導尿で行うのでこれも時間が少しかかった。

やっと検査が全て終わり、再度の受診待ちに。

母の嘔吐での緑色の液体は胆嚢を摘出しているため、ずっと流れ出ている胆液であり、血尿は膀胱炎からくるものだろうと言う説明がされた。高齢の女性が頻繁に膀胱炎になることがあるそうで、この2つの説明は腑に落ちた。

また、CT画像から尿路結石による感染症の疑いが高いとの判断で泌尿器科でも受診することになった。

問題は1cmもある尿路結石だ。

泌尿器科医によると94歳の母に全身麻酔で手術することはできないらしく、抗生剤を点滴して炎症を抑え経過観察する以外無いとのことだった。

結果、昨年5月から通算4度目の入院となった。

病棟の部屋に移動し終え、入院の手続きを完了して病院を出たのは午後4時半だった。

母の入退院に慣れてきたとは言え、5時間越えの病院付き添いはぼくにも応えた。

ただただあてもなく待合室で待つ時間は苦行以外のなにものでもない。毎回生気を吸い取られる気がする。

母のように超高齢になり健康寿命を損なうと根本治療ではなくこのように対処療法しかない現実が待ち構えている。こう思うと長生きすることの良し悪しも正直わからなくなる。長生きにこだわるより健康寿命を少しでも長くキープすることの大切さを改めて思うのだった。