2026年9月29日火曜日

【20260929:火】+++30年ぶりだった+++

 

■□

銭亀さんに誘われてた書道展。

あいにくの雨。

正直気が進まなかった。

でも銭亀さんに送られて来たDMにぼくのことも書いてあったので(この書道展の主催者は共通の知人だったからね) 重い腰を上げたのだった。

会場は芸文の8階。

前回銭亀さんに連れられて行った時より会場は広かったし、作品数も多くこの展覧会のテーマである「筆力」を感じさせる大作もたくさんあった。

ちょうど半分くらいの作品を見終えたところで、背後から「加藤先生?」と声をかけられた。

振り向くと30年前の職場の直属の上司だった。

「ヨウコ先生!」

髪の毛は白くなったけれどちっとも変わってなくて魅力的なままだった。

ぼくの名前が記帳してあるのを見て、まさかと思って主催者の橋詰さんに訊いたらしい。

思想信条は違うけれど、ある意味リスペクトみたいなものがお互いにあったのではないか・・・と思う。そのことを改めて今日強く感じた。

ヨウコ先生と偶然会えたことでこの書道展に来た意味はぼくの中で爆あがりした。

ちなみに彼女も書道作品を2作品展示していた。(ぼくは書道の門外漢で書の良し悪しがわからないので書についてのコメントは差し控えます)

彼女は橋詰さんのお弟子さんとして習っているという。

世間はなんと狭くて、広いんだろうね。

この遭遇は銭亀さんが強くプッシュしてくれたおかげだった。

来年はヨウコさんに会うことを目的に行こう。

2026年9月21日月曜日

【20260920:月】+++夢を見て起きた+++

 

■□

疲れすぎるとなぜかぼくは眠れない。

それでも午前2時過ぎに眠りに落ちた。

そして夢を見た。


家の玄関を開けると、外で母が倒れていた。

そして霧のような雨が降っていた。

ぼくは驚いて駆けつけて母を抱きかかえた。


『お母さん、どうした?! お母さん、大丈夫?!』と抱いたまま母を揺さぶった。

腕の中の母は軽く、子どものように小さかった。

母は無言で意識を取り戻した。

よかったとぼくは安堵した。

と同時に疑問がよぎった。

いったい母はどのくらい倒れてたんだろう?

なぜ倒れたんだろう?

そしてなぜ雨の中倒れてたのに濡れてないんだろう?

そこでぼくは目覚めた。

時計は午前3時半少し前だった。


亡くなってから2度目の母の夢だった。

1度目は確か母が少し離れたところに黙って立っていたので『お母さん、こっちに来なよ。』って声をかけただけの夢だった。

友人に話したら、逆にこっちに来なよと呼ばれなくてよかったんじゃないと。

あ〜そうか〜。

呼ばれたらこわいね。


3時半に目覚めたあと、トイレに行き、今度は深い眠りに落ちた。

どうでもいい夢の話ですみません。


2026年9月19日土曜日

【20260919:土】+++感謝の再始動+++

■□

母が亡くなった日から数えると24日間も休業状態だった。

もう廃業してしまったのかと思われても仕方ない。

だから正直言って、再開しても誰も来ないんじゃないかという不安があった。


ところが、久しぶりにお店をあけると常連さんが次々と来てくれて、本当にありがたいことだった。

終わってみたら結構忙しい営業日となった。

おくやみを言って気遣ってくれたり、庭に咲いた秋明菊をもってきてくれたり、知り合いの書道展に誘ってくれたりと心遣いに感謝しかなった。

予想外にへこたれてたぼくの話をきいてくれた同級生の存在もありがたかった。

親を失うということは、船でいうところのイカリを無くしたようなものだとぼくは思う。今は一時的にゆらゆらしてるけれど、こうして日常が戻ってきたことで少しずつ安定度を増し、自分自身のイカリをそのうちおろせるようになることだろう。

感謝の再始動だった。

ほんとにありがとね。

 

2026年9月14日月曜日

【20260914:月】+++そろそろ日常に戻るね+++

 


■□

母の死去に伴う各種手続き。

今日でほぼ終わった。

郵便局で保険の申請手続き。

そして年金事務所での手続き。

入院、手術の領収書や医療明細書を集めたり、戸籍謄本や抄本を市役所に取りに行ったり、ぼくに限らず苦手な人が多いはずだと思う、あの煩雑な作業。

その作業からやっと解放された。

でも、ぼくは母が他界した8月26日(水)からずっとそんな作業に没頭していたわけではない。

お店をはなれ自宅で5日間ほど何もせず寝ては起き、何かを食べてはまた寝てというぐうたら生活だってしていたのだ。まるで何かの糸が切れたみたいに無目的になり、疲れが出てしまった感じだった。

父が亡くなった時と違うのは、母のことを、特に母が一人暮らしになってからの7年間のいろんな出来事が何の脈絡もなく不意に思い出されることだった。

そんな長い休業中にVOUSHOは12年目を迎え、名古屋や瀬戸は線状降水帯で大雨被害を受け、昨日と一昨日の瀬戸もの祭りも気がつけば終わっていた。

名古屋の自宅も、瀬戸のお店も大雨の被害はなくラッキーだった。

瀬戸もの祭りは元々人混みが苦手なので廉売市には行かないけれど、花火だけお店の駐車場に停めた軽トラの荷台から眺めていた。最後に母と一緒に眺めたのは4年前だったろうか。

9月19日(土)からお店を再開するので今日は焙煎から始めた。

そろそろ日常に戻らないとね。

(写)2年前(2024年5月5日)母の92歳の誕生日

2026年9月2日水曜日

【20260902:水】+++営業再開は9月19日(土)からにしました+++

 


■□

母が亡くなってちょうど1週間が過ぎた。

ぼくは大丈夫だと思っていたけれど、身体的、精神的にそれなりに疲れてしまっているようだ(カラダは正直で薬を服用してるのに血圧が上下ともいつもより10以上高い状態が続いてる)。

やらなくてはならない手続きがまだ手付かずなのもストレスの素。

お店の仕込みをやりつつ、市役所や年金事務所、銀行、施設等々に赴き煩雑な各種手続きをやらなければと思うと途方に暮れてしまう。生来の怠け者気質もあって気持ちが容易にくじけてしまう。

そこで元々VOUSHOの夏季休業日の終わりまで休業することに変更した。

夏季休業中に予定していた東北旅行もキャンセルした。

それなら時間に追い立てられず、焦らずに一つずつやるべきことを片付けていくことができるかも・・・という考えもあった。

3週間にわたる長い休業でご不便・ご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いします。

再開は9月19日(土)から。

それまでに体調戻しておきますからね!