2025年8月26日火曜日

【20250826:火】+++KINEMA TUESDAY VOUSHO +++

 

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真夏のVOUSHO映画会。

間違えるといけないから火曜日固定にしよう。

KINEMA TUESDAY VOUSHO。

映画好きな友人を個人的に誘って見るつどい。

 

今回はジョン・アービング原作『ガープの世界』。

ぼくの好きな作家。

だからVOUSHOのメインテーブルの書棚には彼の作品が何冊も並んでいる。

この映画、ぼくは十数年ぶり。

ぼくの周りからもくすくす笑いが何度も起きた。

見終わった後の歓談の中で、ガープは普通の人で彼の母親ジェニーこそがぶっ飛んだ人で「ガープの世界」というよりむしろ「ジェニーの世界」という感想に納得。

同じ映画でも見る年齢によって印象が変わることはよく言われることだけれど、本当にそうだ。映画に限らず小説もそうだし、絵画でもそうだろう。

そういう意味でぼくたちが生きていくということは様々なことを経験しながら、良くも悪くもアップデートを繰り返し変化していくことなんだろうな。根っこは同じであってもね。

皆が持ち寄るお菓子と飲み物。それも毎回のお楽しみ。 最近飲み物は自家製のハーブティーとかブレンドした緑茶とかもあって飲み比べも楽しいね。

2025年8月25日月曜日

【20250825:月】+++今日は10年最後の営業日だった+++

 

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2015年8月29日という中途半端で行き当たりばったりの日に、予めお店のオープンを告知することも一切せず、Vousho Coffee Factoryを開店させたのだった。学校の同僚や教え子にも教えず(厳密に言えば、30年勤めて同僚だった人で知ってたのは二人だけ)全くゼロから第二の人生をスタートさせたい、そんなぼくのこだわりだった。

うまくいくことより、失敗した後のことを考えて店作りしたと言って過言なかった。住居としても転用できる店に。 

全てが試行錯誤であり、全てが自己責任となった。

組織の中で責任の所在が曖昧で自己決定権の無いのとは違い、個人経営は単純明快な潔さがあり心地よかった。

ぼくの周りに居る人たちも極端に言えば安定志向で自己保身に長けた人たちから大きく様変わりした。

もちろん良いことばかりでなくぼくの所得は恐ろしいほど減ったし、お店を作ったコストで経済的な不安はマックスになっていた。でも仕事に関するストレスは嘘のように少なくなった。

 

それなりに色々なことがあり、色々なことを経験した10年だった。

そしてこの10年の最後の営業日となるのが今日だった。

今、しみじみとこの10年をひとりかみしめている。

次の最初の営業日は8月30日(土)なのでその日が11年目のスタートになる。


2010年冬に名古屋市東区東桜の古ビル3階の一室を賃貸し改装して始めたのが、第一期VOUSHO(ワークショップの場であり現在のプロトタイプとしての役割を果たしてくれた)だった。

そのVOUSHOと現在のVousho Coffee Factoryの両方に足を運んでくれた人を数え上げてみる。せいぜい20人ほどだけれど、今のお店の原点を知る大切な人たちだ。

その新栄VOUSHO時代の倍の年月が過ぎ、今ではここ瀬戸でずっとやってたような錯覚に陥ることもある。このお店で知り合ったお客さんであり友人でもある人たちとずっと昔からの付き合いのような心置けない親しみを感じている。本当にありがたいことだ。

またここで始めたことで再会することができた人たちも少なくない。それも本当にありがたいことだ。

予期せぬコロナ禍があり、経営的にとても厳しい時もあったけれど、こうして今お店を続けられているのは安くないコーヒーを変わらず飲みに来てくれたり、ぼくが焙煎したコーヒー豆を買いに来てくれるた人たちのおかげ以外の何物でもない。

そんなことを思いながらこのブログ記事を書いてる。

この10年本当にありがとうございました。

*写真は新栄VOUSHO時代の一枚。プロジェクターでテオ・アンゲロプロスの映画をみてた時のもの。



【20250824:日】+++銭亀さんのくれた言葉+++

 

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久しぶりに銭亀さんが来店してくれて彼と話した。

ぼくは話したいことがたくさん溜まっていた。

一体そのうちの何割くらい話せただろうか。

いずれにせよ欲求不満が解消されたとは言い難いが。

昔銭さんからもらったステレオアンプのこと、銭さんが実家で調整中の大きなスピーカーのこと、彼が最近買った縦長ハーフサイズ仕様のデジカメとこれからまた彼が買う予定のカメラのこと。。。それくらいしか話せなかった。

長くは話せなかったけれどぼくにとっては密度の濃い楽しい時間だった。


そして、銭亀さんが「ジュンさんにおくる言葉があるから何か書くものある?」というので小さなノートとインクの出の良くない極細ペンを彼に渡した。

それが今日の写真。


荘子の言葉だそうだ。

『坐忘』(ざぼう)

ネットで調べると「静坐して心をしずめ、俗事を忘れて天地と一体となること。」のような意味だ。漢字そのままに、坐して全てを忘れるってことなんだけど、ぼくは銭さんに「認知症になるのとどう違う?」と問うと「認識してるかどうかだ」との答え。まぁそれはそうなんだけど。。。

以前も彼から『無為にすごす』という言葉、あるいは課題をぼくは与えられたのだった。それと同様今回の言葉もぼくの不得手とすることだ。「修行が足りん!」ということだけど、そもそも修行してもぼくにはできないことのような気がする。「断捨離」のようにね。

それに今日のこの彼との会話の時間のように「坐忘」していては得られない充足感、小確幸を得られる方がずっといい。

でもこういう視点や刺激を与えてくれる銭亀さんにぼくは心底感謝している。

銭亀さん、ほんとにいつもアザ〜ス!


2025年8月23日土曜日

【20250822:土】+++軽トラ復活か?!(追記あり)+++


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実は相変わらず軽トラの調子が良くなくてこの酷暑の中いつエンジンが止まってしまうか不安な日々だった。遠出はもちろんできないし、近場の辺境地区にも行けない。近所のスーパーに買い出しに行くくらいしか出来なくなった。

そこで先日の火曜日にダイハツのディーラーに行ってダイハツハイゼットジャンボのエクストラ仕様を見積もってらった。納車まで3ヶ月ほどかかることもわかったし、必要なオプションを付けての総額も大体わかった。

展示してあるジャンボの車内でシートのリクライニング度合いやヘッドクリアランス、車内の広さもわかった。 買うならこれしかないと思った。つまり買う気満々になったわけだ。

カタログと見積書を携えてその日は帰ってきた。

そしてその2日後、修理屋さんからリビルト品の交換部品(既にホンダにも新品の部品はないため)が入手できたと連絡が入り、不調な軽トラの修理をお願いした。燃料噴射をコンピュータ制御でつかさどる部品なのでリビルト品と言っても安くなかった。しかもそれに交換したからと言って100パーセントなおる保証もなかった。現状のままではどうしようもないので一種の賭けだったけれど交換してもらうことにしたのだった。

今日の昼前に修理を終えた軽トラが戻ってきた。端末ではエンジンのエラー検知はされなかったとのことだった。 

お店の営業終了後少し離れたコンビニまで軽トラで買い物に行った。アクセルのレスポンスが良くなってる気がした。アクティートラックは復活した気がした。長距離を走ってエンジンの警告灯がつかなければ『復活』の太鼓判を押してもいいだろう。

来月はじめに車検なのでこのまま調子良ければジャンボは車検が切れる2年後ということになる。中古車だと一期一会なのですぐに購入するしないを決断しないといけないけど、新車なので慌てる必要がないのは精神的にいい。

アクティートラックはとても気に入ってるので、復活後にはあちこち走って思い出をたくさんつくっておかなくちゃね。

そうそう、ジャンボの車色だけど、ぼくにとってはオフビートカーキメタリックこの一択だった。

写真の黒い方がエクストラ仕様なのでそれのカーキ色ということになる、下のスタンダード仕様の例として使われてる色だ。これに純正ルーフキャリアーを付けるんだ〜!

2WDでもちろんミッションはCVT!

【追記:8/26】

お気に入りのカフェにモーニングに行った帰り、エンジンの警告灯がまた出てしまった。修理代金を払いに行った時にこの写真も見せたが、原因がわからないようだった。部品交換しても意味なかったのかどうか。

警告灯は出てもこの前のようにエンジンが止まりそうな症状は出てない。あの症状が出たらもう廃車するしかない。来週に迫った車検のこともあり、いろいろ考えたけれど、とりあえずこのまま乗り続け、不調になったら廃車にしようと思ってる。

↓左上に出たエンジントラブルの警告灯。一旦エンジンを切り再びかけなおすと消えるんだけどね。単に警告灯自体の故障ならいんだけどそんなわけないか。

2025年8月18日月曜日

【20250818:月】+++ますます全体像が掴みにくい+++

 


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SNS(ここではTwitter*とthreadsを念頭)による「ガス抜き」効果の影響をぼくは以前から懸念してるけれど、ますますその影響が大きくなってないかと思っている。

この前の参院選で極右ポピュリスト党に900万人の有権者が票を与えたのは衝撃だった。そうした空気がより過激で排他的な気運を強め、また歴史の同じ道を歩んで行く危険性を高めたと思う。

AIの普及もあってSNSでは自分の関心のある、あるいは自分の好みのものばかりがタイムラインに流れてくる。ぼくのタイムラインはぼくと同じように国内外の政治的趨勢を憂いている人々のつぶやきや投稿に溢れいてる。極右ポピュリズムにきっぱりとノーと否定する論調ばかりでそれによりホッとする自分もいる。

あの党を支持する人が果たして自分の周りや、自分の知り合い、友人の中にいるとは到底思えない・・・SNSを読んでてそう思ってしまう人はぼくだけではないと思う。

それこそが落とし穴じゃないだろうか。

翻って、逆の立場の人たちも毎日目にするのは過激な主張を賛美するタイムラインばかりで孤立どころか自分たちの主張の正しさを日夜確認しより確信を深めているのではないだろうか。

ぼくの恐れているのは、個々人がSNSで溜飲を下げ、個々人が結集するのを結果的に妨げられているのではないかということだ。

自分の立ち位置が全体のどのあたりにあるのか客観的に掴みにくい世の中になったと思う。

話は逸れるけど、閣僚の中で靖国参拝したあの薄っぺらな大臣なんかは(彼が次期総理の有力候補だからおわってる)この900万票を意思してのスタンドプレーに違いないと猜疑心の強いぼくは思ったね。


(*) 旧Twitterは意識的にそのままの呼称で使っております。

2025年8月10日日曜日

【20250810:日】+++2025年VOUSHO夏季休業日決めました+++

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昨年から瀬戸もの祭の土日は休業することにした。それで今年はVOUSHOの夏季休業日をこの土日の前後につなげることにしました。

長く設定したのはこの間に主に店内整備をするつもりだからです。まだ暑いので旅行に行ったり等の予定があるからではありません。慌てずに怪我に気をつけて整備をしたいからです。大した整備ではないですが・・・。

それでは以下の日程で夏季休業致しますので、ご迷惑おかけしますがよろしくお願い致します。

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2025年VOUSHO夏季休業日

9月2日(火)〜19日(金)まで

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2025年7月31日木曜日

【20250731:木】+++軽トラ不調気味なのも暑さのせい?(追記あり)+++

 


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愛車の軽トラがちょっと不調気味。

急に動かなくなりそうな気配。

今日の昼間、軽トラを走らせていたら、アクセルのレスポンスが急に悪くなって、アクセルをふみこんでもスピードが上がらずそのままスピードが落ちて止まるんじゃないかという状態になった。

最寄りのコンビニの駐車場に停めて様子をみることにした。万一途中で止まってしまった時のために水分補給してロードサービスを待つ用にそのコンビニで飲み物を買っておいた。

警告灯類は点灯してなかったけれど、似た症状としてはガス欠に至る時のような感じだった。

ガソリンメーターは確かに残量が少なかったけれどガス欠になるような目盛りではなかった。とりあえずその後帰る途中にガソリンは補給しておいた。でもプラグにガソリンがかぶったような感じは拭えなかった。

クラッチの滑りなのかもしれないし、ひょっとするとシフトがきちんと入ってなかったのかもしれない。だけど確かに違和感、不調を思わせる違和感があった。

こんな酷暑の炎天下でロードサービスを待つようなことになったら・・・と思うと恐ろしい。

しばらくは遠出や辺境地域には行くのはやめておかないといけない。

9月に車検だし、その後涼しくなったら車体を友人にも手伝ってもらい全塗装するつもりだったけれど、この異常なまでの暑さが軽トラにも影響してるのかもしれないね。

【追記/0808(金)】

昨日(8月7日)再び軽トラ不調に。坂道をのぼる途中でノッキングのような症状で加速できず。なんとか頂上までのぼり切って、あとは下り坂だったのでお店に戻って来れました。その後近くの修理工場に連絡してみてもらうことに。代車と引き換えに軽トラをもって行ってもらいました。

そして今日軽トラは戻ってきましたが、イグニッションコイルという部品がもう無いそうで代用できるものも5万円くらいするし、それに替えてももしかすると治らない可能性もあるとのこと。結局中古が出るのを待って、その中古部品が出たら購入して交換することに。中古といっても安いとは限らないのでそれも不安材料。端末で故障箇所をスクリーニングするとこのエンジン部の部品だけエラーが出るとのこと。

タカさんからこの軽トラをもらってから本当によく活躍してくれた。特に実家の粗大ゴミの廃棄運搬で大活躍してくれた。もう限界かもしれないね。その時は次も軽トラにするか軽ワンボックスにするかも決めないと。でもぼくは軽トラがとにかく好き! 9月の車検を通すか買い換えるか悩ましいところです。

2025年7月26日土曜日

【20250726:土】+++暇に任せてつれづれに記す+++

 

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「アウェイ感」をものともしない人が羨ましい。逆にこのアウェイ感を楽しんでいたりするからなおさらだ。自分という芯がしっかりしてるからだろうと想像する。

ぼくは昔ちょっとだけ記憶力が良かったらしく、それだけで学校時代を乗り切ってきたようなもの。つまり頭はそんなに良くない。だから理論武装なんてのもできない。

さらに宗教とかも信じられない。死んだらそれまで。あの世とか生まれ変わりとかも無いと思ってる。

死ぬのは仕方ないし、怖い・・・とも思ってない・・・はずである。

怖いのは痛み。強烈な痛みを我慢してまで生きてたいとは思わない。

痛みは恐怖だ。

そんなぼくだけど、1つだけこれは(良いことかも)と言えるのは、「自分は自分」と思えること。人と比べても仕方ないからね。それと他の人にどう思われようとあまり気にしないこと。それくらいだな。

ぼくは年齢からいっても戦争に駆り出されることはない。憲法が変えられ、徴兵制が導入されてもね。でも戦争適齢期の人たちはわかってるのかな?と心配になる。日本は誰がどんな政治を行っても今のままみたいな、まぁ何となく暇つぶしができる程度のモノがあり腹が減ったら食事にありつける状況、そんな平和ボケボケの状況が今後もずっとできるんだろうとたかをくくってないのかなと。

どの党になっても政治なんて変わらない・・・とずっと思い込まされてるんだろうけど、そんなことは嘘だ。政治が変われば暮らし向きも自ずと変わる。でなければ世界に政治家がいる必要なんてないからね。

バカは死ななきゃなおらない・・・というのも違う。バカは死んでもなおらない。

自分の大切な人が異国の戦争に駆り出され瓦礫の下や泥水の中で無駄死にしてもいいのかな。もちろん兵士となった自分自身も含めてね。

本当にやばい状況が近づいてるんじゃないかな。

ケチな人を好きな人はいないはず。ぼくもケチな人はノーサンキュー。例えば自分が高価な商品を作って売ってる人が自分がお金を払う立場になると、そんな高い飲み物は飲めないとかそんな高い商品は買えないとか言う。こう言う人とは付き合わないことにしてる。

逆にアルバイトしながら作家活動を頑張ってる人がぼくのお店の安くないコーヒーや珈琲豆を購入しに来てくれたりする。そう言う人を応援したいと思うのは当然のこと。

ぼくが親しくさせてもらってる個人事業主の若い友人は、ぼくの知り合いのお店に一緒に誘って行ったりすると、必ずと言っていいほど何かちょっとした小物を購入したりする。決して裕福とは言えないのにである。彼はいいお金の使い方をするなぁと思うし、見習わせてもらってる。

良いお金の使い方をする人って素敵だね。もっともっと評価していいはず。

何にでも「向き、不向き」ってある。

向いてるものに出会えればラッキーだけど、人生うまくいかないことがデフォルトだとぼくは思ってるので、不向きでもやってみることは有りだなとも思ってる。

やってみないとわからなことがあるし、やってみて初めて気づくこともある。自分にとって何らかのプラスになることもあったりする。

ぼくは教員になってみて、不向きだなと思ったけれど30年我慢して続けた。

そして自家焙煎珈琲店の店主を10年やってみて、商売にも向いてないなと自覚した。

それでも、どちらもぼくの人生にとって得るものは少なからずあったのも本当だ。

だから向いてないと思ってもやって見る価値はあるかもしれないね。

ぼくは所属意識が希薄だ。

だから「同じ高校の出身です」とか「同じ大学の出身です」とか言われても「そうなんだ」としか言いようがない。

逆にそんなことで、他の人より便宜をはかったりとか、重用することはおかしいと思う。学閥というやつだよね。悪しき習わし。

繰り返し言うけれど、やはり人は個人としてどうかだと思う。個としての性格とか考えとか行動とかだよね。それが自分と合うかどうかだ。

同窓会とかにぼくが行かないのは所属意識が希薄なこともあるけれど、同窓生というだけですべて好きな人ばかりでなく、そうじゃない人もいるからね。一括りにすること、されることから距離を置いてる・・・と一応言っとくね。

馬ヶ城浄水場の水がぎりぎりぼくのお店まで来てると先日お客さんから教えてもらった。彼が見せてくれた浄水場の守備範囲の地図を見ると、VOUSHOはぎりぎり馬ヶ城の水ということになる。(公開日の時の試飲で) 他の水と飲み比べてもまろやかで美味しい水だったから正直嬉しい。でも浄水用の水槽池だけでなくダムも事務所もすべて耐震基準を満たしてないらしく、それを修繕するには巨額の予算がかかるので当局としては閉鎖したいらしい。それに加え、近くに産廃施設の建設予定もあるらしい。

いずれ瀬戸市で一番古くて歴史的価値もあると思われる馬ヶ城浄水場もなくなってしまうのかも。

残念という言葉を使いたくないけど。。。

 

2025年7月21日月曜日

【20250721:月】+++個として見る+++

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2025年参院選の結果を見て民意のなだれ込みっておそろしいなぁと思った。既存メディアのていたらくが言われて久しいけれど、やはりSNSの煽り効果というか、集団意識の流れを巧みに操作してるみたいで、スマホ時代特有なんだろうなぁと。そうした民意の核みたいなものが一旦出来上がると、そこに他の民意も吸い寄せられ今回のような結果になるのだろうかと。集団意識の流れを巧みに操作というのは、米・トランプのように容易な言葉と過激な言動で理屈ではなく感情に訴えるという手法かと思う。それを模倣したミニ・トランプがあっと言う間に世界中に増殖したようなものだ。

ぼくは以前から同調圧力的なものとか、ムラ意識みたいなものが苦手だったし、それがさらにひどくなると戦前の大政翼賛的なものに転化して行きそうでおそろしい。

強力なカリスマを持った指導者が現れて民衆をつき動かすのでなく、民意の塊が巨大化しその塊のもつ熱狂が権力者と共振した時におそろしいことが起こりそうな気がする。民主主義とは意識的に守っていかないといけない脆弱なものだと改めて思った。

スマホ時代の選挙活動はショー化、エンタテイメント化し、注目を集めたものが勝ちという図式に堕してしまった。そろそろなにがしかの規制を設けてもいいのではないだろうか。

差別と分断はどこの国でも根が深い問題だ。

ぼくは大学卒業後の北米一人旅を通し、自分が黄色人種であり、アジア人であることを強く認識することになった。北米ではマイノリティーとしての自分を経験した。

そこから、国籍や性別や年齢等は関係ないことを学んだ。どこの国にも素敵な人はいるし、逆にどこの国にもそうじゃない人もいる。結局個人としてどうかと言うことに尽きる。

友人がたまたま○○人と言うだけのこと。

そう言う意味において、ぼくはその人を個として捉えるから差別と分断は起こりえない。風習や文化の違いがあってもそれは国内の方言の違い程度のもので、お互いの風習や文化を尊重しあっていれば問題にならない。どちらが上だ下だという狭量な民族意識と無縁の世界に暮らしたいものだ。


 

2025年7月15日火曜日

【20250715:火】+++呆れたこと(追記あり:07/26)+++


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また母の施設に苦情を申し出た。

不本意だけど、きっとぼくはクレーマー的に思われてると思う。

でも声なきものは哀れなり・・・だからなぁ。

本当にこういうことはストレスフルなので勘弁して欲しい。

 

こんな次第だった。


今日は母の入れ歯ができて2週間経つので調整のために歯科受診することになっていた。

施設から続く道路が工事中でかなり渋滞しているため、いつもより30分早く施設を出ることになっていた。

母は大腿骨転子部骨折してからは車椅子生活。

そのため、施設のリフト付き大型ワンボックスカーでぼくも一緒に送迎してもらうことになっている。今回で3回目だ。

母の乗車も完了し、車が10mほど動き出したとき、ふと心配になって母にマスクを外してもらい入れ歯を確認してみた。

すると不安は的中!

入れ歯が装着されてなかったのだった!!!

すぐに車を止めてもらい、施設の玄関脇に戻ってもらった。

入れ歯の調整のために歯科通院するのに肝心の入れ歯を入れてないなんて!!!

人間のすることだから忘れることもある・・・のだけれど。

介護員も看護師も母の通院目的を把握せず、保険証とお薬手帳をマニュアル通り用意するだけでチェックもしないのだろうかと怒りを通り越して呆れたのだった。

もしこのまま気づかず隣市の歯科医院に行き、待合室で待った後、診察室に入ってマスクをとって口を開けたら・・・。。。

その時の落胆を想像しただけでゾッとした。

その上である。

介護員の女性が母の入れ歯が入ったケースを持ってきた時、入れ歯の装着をお願いしたら、「手袋してないのでできません」と言ってぼくにケースを差し出したのだった。

「一体どうなってるの?!」とぼくはその介護員に思わず言ってしまった。

 ぼくが彼女の立場なら、(たとえ、入れ歯だけを持っていくように指示されたとしても)まずは入れ歯を装着してなかったことを詫び、それからすぐにゴム手袋を近くの診察室等で借りて対処すると思う。

母の骨折事故の事後対応といい、今日のことといい、この施設に対する不信感は増すばかりとなった。

事務方の職員と現場の職員との対応の差が著しすぎる・・・とぼくは思っている。情報共有の問題と意識レベルの問題、さらには激務のせいもあるかと想像する。他の施設のことはわからないけれど、程度の差こそあれ、本質的には同じ問題をはらんでいそうだ。

 

歯科診察では母の入れ歯と歯茎の状態は問題なかった。

診察時にぼくの方から新しい入れ歯の施設での扱いに関して疑問がある旨医師に相談したら、施設職員に向け入れ歯の洗浄方法(わずか10日間で汚れが相当あった)や、食事の時だけ入れ歯装着ではなく起きてる時は常時装着のこと、また、普通食への移行(骨折入院時に流動食だったためもあるが、施設に戻って1ヶ月以上経つのにまだ普通食になっていない)のことが絵入りで書かれた書類を作成してくれることになった(できた書類は施設の看護師に手渡した)。

施設に戻ると玄関に副所長が待っていて、前回同様彼と懇談することになった。

今日のことはもちろんのこと、それとは関係ないが、母の靴下が全部無くなってしまっていて、新たに12足購入し持ってきたことや、その全てに名前を記したことを説明し、彼に靴下の枚数と名前を確認してもらった。

そのことに対しても副所長は詫び、今後こういうことのないよう対処すると言っていた。この施設では着用するものは外部のボランティア(?)に布に名前を書いて縫い付けてもらう方式のようだけど、そのシステムがうまく回っているか疑わしいので今回はあらかじめぼくの方で記名しておいたのだった。

懇談後は母の部屋に移動し、母が車椅子からベッドへの移乗動作を見学させてもらうことになっていた。担当介護員と看護師と副所長が見守る中、母の移乗が始まった。右足の痛みも無いようでベッドの手すりを掴みながら少しの介助で立ち上がる母を見ることができた。93歳だけれど、ここまで回復したことは驚きだったし本当に良かった! そのことが今日の唯一の救いとなった。

 

【追記:7/26】

昨日(7/25)coffeeloverさんと言う人からコメントがあった。そのコメントに返信してアップしたら既に投稿者自身によりコメントが削除されていた。

そこでぼくの返信だけを記しておくことに。

coffeeloverさん、コメントありがとうございました。お父さんのこと、残念です。ぼくは今日母の面会に行った時、看護師さん二人(年配の方が看護師長かと思われる)から母が5分間くらい意識喪失状態が今月初旬にあったことや、降圧剤が一錠増えたこと、そして新しい入れ歯での食事様子などの説明を受けました。

「事務的」と言う言葉がcoffeeloverさんのコメントにありましたが、事務的であってもやることをやってもらえていればいいのですが、現実はなかなかそうは行かないようです。残念ながらスタッフに恵まれるかどうかは運次第・・・のようです。

今日も話がなかなかかみ合わなかったりしましたが、母のことを名前でなく「このかた」とおっしゃってました。何百人も入所者がいるわけでもないから、名前で呼んでほしいところですが、きっと名前を覚える気がないのかもと想像しました。先日の入れ歯をはめずに歯科通院に送ろうとしたのが腑に落ちました。施設に対する信頼が薄れてきてるので、なんでもネガティブに捉えてしまう傾向がぼくにもあるのかもしれません。単なる偶然だったかもしれませんが。。。

とにかく、施設側にお願いすることは、すべて苦情のような感じになって自分がクレーマーみたいな気がしてとてもとてもストレスフルなのですが、言えない母の代わりに気づいたことは言うしかないなと思っています。それがたとえ「言うだけ」になってしまっても。


 

2025年7月14日月曜日

【20250714:月】+++5年3ヶ月ぶり+++

 


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5年3ヶ月ぶりにお客さんゼロでした。

10年経っても認知度低いし、おまけに営業日も土日月曜の3日だけ。特に平日の月曜日はね。

と言っても、普段から限りなくゼロに近い日もあるわけです。営業日が5日だった時なんかは毎日お客さんが誰一人来ないかも・・・という不安に心の平静を保つ試練の連続でした。お客さんを待つことも仕事の一つと学ばせてもらったわけです。それがボディーブローのように効いてきて、もうダメかな〜と思うことも一度や二度じゃなかった。しんどかったな〜。

それゆえ、喫茶店やカフェが数ある中でわざわざVOUSHOに来てくれるお客さんをありがたいと思うわけで、代金に見合ったサービスや環境を提供しなくちゃと思うわけです。

お客さんが誰一人来なかったことなんてブログに書かない方がいいよ、書いちゃいけないよと助言してくれる友人もましたが、あの頃の初心に戻るつもりで敢えてアップすることにしました。

助言通りにしなくてごめんなさい。

そうそう、あの頃ぼくは営業終了時間間近に来てくれて、お客さんゼロを回避してくれた人を「救世主!」と心の中で呼んだものです。

また一歩ずつ進んで行きます。

(2025/07/21   1週間後に記す)


2025年7月13日日曜日

【20250713:日】+++今、ぼくの一番好きな海外ドラマ+++





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海外ドラマでぼくの好きなものと言えば、スエーデンの『ドラゴンタトゥーの女』の三部作とか、英国ドラマ『 UNFORGOTTEN/埋もれる殺意』の各シリーズとかだったけれど、ここに来てスエーデンとデンマーク合作ドラマ『THE BRIDGE』の1〜4シリーズが今のところぼくの一番のお気に入りとなった。

アスペルガーで相手の心情を察することが苦手なスエーデンの女性刑事サーガ・ノレーンと言うキャラクターがとにかく素晴らしい。

そして、シリーズを追うごとに彼女自身が抱える家族との確執、そして心の苦しみが明らかになっていく。

シーズン4ではクライム・サスペンというより、サーガ自身を扱ったドラマと言っていいと思った。

ドラマは表層的なものからどんどん深化していった気がした。

サーガを演じ切ったソフィア・へリーンはサーガそのもののように思えた。彼女の後ろ姿を見るだけで、彼女が歩き去っていくシーンを見るだけで、彼女の心の痛みや辛さがストレートに伝わってくるからだった。

ぼくはこのドラマで「代理ミュンヒハウゼン症候群」という病を知った。サーガの母親がサーガの双子の妹に薬物等でしょっちゅう病気にしていたというものだ。最終話ではサーガのその仮説が同僚の解剖医によって立証されたことで心の重荷からようやく解放されることになった。妹は鬱状態になり鉄道自殺していたからだった。人の気持ちを推し量ることが苦手なサーガは妹の自殺を妹の気持ちが読み取れなかった自分の責任だと捉えていたからだった。

少し風変わりだけど優秀な刑事が難事件を解決していく物語から彼女自身の物語へと次第に移行深化していくのは見事だった。

機会があったら是非見てください。

彼女のトレードマーク、ポルシェ911Sもカッコイイ。

シーズン1が2011年、シーズン2が2013年、シーズン3が2015年、シーズン4が2018年公開。(シーズン4のみ配信シリーズ購入で見ました)

ここでは詳しく紹介しませんでしたが、同じくオランダ産のドラマ『ザ・キリング』シリーズのコペンハーゲン警察の女性刑事サラ・ルンドもとてもいいです。シーズン3でおそらく完結かな。全て見ました。こちらもおすすめです。

オランダの映画やドラマも質が高く見逃せませんね!

2025年7月9日水曜日

【20250709:水】+++モネ展に行ってみたけど+++

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ぼくには何がいいのかわからなかった。

モネ展。

点数も少ないし。

巨匠というだけで平日にも関わらずこれだけの集客力があるんだね。

それよりも同時開催されてた展示の方がよかった。

去年買った年間パスポートの期限が8月31日。

この間今日のモネ展を入れて4回利用した。

なので元は取れてる。

ミュージアムショップでヤノベケンジの冊子(半額セールのもの)とオランダ人写真家のエド・ファン・デア・エルスケンという人のポストカードを買った。

このポストカードが気に入っている。


帰り際、とても暑いのに涼しげに和服を着た女性たちを見た。

おしゃれは暑さも吹き飛ばすんだろうか。

精神力がすごいな。


2025年7月7日月曜日

【20250707:月】+++太くんとの2週間が終わった+++



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太くんの初個展である作陶展がVOUSHO近くのギャラリーで開催されていた。

それが昨日終わり今朝4時過ぎに太くんは相模原に向け車で帰って行った。

6月25日(水)にから7月7日までの13日間。

個展はその間の6日間だった。

ぼくは個展初日の6月27日(金)の午前中に見に行った。

移築したという立派な和風住宅のギャラリーなので太くんの作品ととてもよく調和していた。

窯業専攻科を卒業して5年、その後もずっと作陶を続けてきただけあり立派な作陶家になっていた。

この期間中の半分以上の日数、太くんと過ごした。

ぼくのお気に入りのカフェにモーニングに行ったり、鰻をご馳走になったり、夕飯を一緒に食べ、盃を酌み交わしたり。

他の人とはなかなか話せないようなことも含め、彼とは本音で色々語り合った。

彼はぼくより一つ歳上で高校の時の部活の先輩(キャプテンだった)なのだけど、専攻科に入学が決まった時にぼくの方から「野田先輩という言い方はやめて、太くんにするけどいい?」と提案した。

部活の先輩というぼくにとってはちっぽけな括りなんてやめて、生涯の友として付き合いたかったからだ。

もちろん太くんは快諾してくれて、ぼくのことはジュンくんと呼ぶようになった。

太くんが居なくなった部屋を見て寂しく感じたけれど、ここからまた新たなスタート。

楽しい時間とこのような機会を作ってくれたことを彼に感謝した。


2025年7月6日日曜日

【20250706:日】+++湊さんの来店+++

 


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昨夜名古屋でライブ出演するために来名してた松浦湊さんが来店してくれた。

何年振りだろう。

彼女はVOUSHOを開店してからまだ2年目の2016年9月に初めてライブをやった記念すべきシンガーソングライターだ。

彼女はとてもユニークな人で、音楽のみならず文章も絵も独特なユーモーアを含んでいて多才な人。

しかもお酒をこよなく愛している人・・・のようである。

前回オツベル君のライブの後、オツベル君とこんなライブができたらいいなぁと話していたのは、3人のスペシャルナイトライブだ。

松浦さんと山田庵巳さんとオツベル君のジョイントライブ。

そんなのが実現できたら素敵だ。

こういうことはタイミングなので、そのタイミングが来るまでじっくり待とう。

久しぶりの湊さんは相変わらずチャーミングだった。

嬉しかったなぁ。

 

2025年6月30日月曜日

【20250630:月】+++お久しぶり+++

 

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しばらくブログ更新してなかったのでご心配おかけしたみたいで申し訳ありません。

生きてますよ。

特段元気ではないけど普通に元気だと思います。

ご安心を!

もう今日で6月も終わり。

このブログの空白の間、結構色々ありまして、またその気になったら少しずつ紹介するかも。

キーワードは次の3つ。

・浄化槽用ブロワーポンプの故障にまつわる一件。

・太君の個展。

・桑名ツアー。

ではまた!

2025年6月26日木曜日

【20250626:木】+++桑名ツアー。単線はいいなぁ!+++

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まずは桑名ツアーを企画してくれた桑名在住の画家川島さんに感謝。

日程やコース、食事等考えるのは本当に大変なことだ。

キャンセルがあったり、食事場所を変更してもらったり色々と苦労かけてしまった。

ツアーのスタートは川島さんが氏子として手伝ってる西別所八幡社で茅の輪くぐり参拝。

なんと神主さんにお祓いまでしてもらった。

その後茅の輪を八の字に回ってくぐり終わったら突如黒雲から大粒の雨が激しく降り始め、ぼくのような罰当たりが神社を穢したためだろうかと内心思ったり。ずぶ濡れにはならずに済んだのは幸い。

それから洋食屋でランチした後、ぼくのお目当ての三岐鉄道北勢線の東員駅に移動。

北勢線はナローゲージの単線で車体の幅も狭く、なんともかわいい。

桑名発だと時間もかかるので途中の大きな駅である東員駅を川島さんがセレクト。これが大正解だった。

終点の阿下喜駅までの景色の良いこと。ゆっくりした速度で林の中を突っ切ったりと車窓からの眺めに飽きることがなかった。

さらに阿下喜駅からは歩いて平家の古い小学校を保存した建物「桐林館」の内部を見学。

筆談カフェは休業してたけれど、カフェの中も係の人が見せてくれて説明もしてくれたり。

梅雨の時期で曇っていて時折雨が降ったりしたけれど比較的涼しくて助かった。

帰りの北勢線も楽しかった。

次回は晩秋くらいに是非もう一度乗りたい北勢線だった。

川島さんお世話になりました!

2025年6月23日月曜日

【20250623:月】+++こういうのが大きなストレスなんだ+++

 


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自分には落ち度がないはずなのに、不利益を被ったり、面倒な手続きややりとりが発生したり、何より苦情や抗議するのも大きなストレスだ。

そんなことがまた起きた。

それは先週金曜日の浄化槽点検時のことだった。

点検作業を行う人が浄化槽に空気を送るポンプが壊れて動いてないから交換しなければならないとぼくに報告に来た。

設置して11年目に入る浄化槽用ブロワポンプだった。

24時間動いてるのだから寿命だと言われれば仕方ないことだ。

彼の会社で取り替えると5〜6万円くらいかかるので通販サイトで自分で購入して設置すれば安くできると助言してくれた。

そして親切にもメモ用紙に購入するならこれがいいと言う機種の番号を2銘柄3種類書いて教えてくれた。ここまでの経緯について、ぼくは彼の心遣いに感謝したくらいだった。

彼は5年ほど前にぼくの信用を失くさせる行為をしたので、その時から少し距離を置いていたのだけど、このポンプ交換のことで彼の株は大いに上がったのだった。

ぼくはこの日に彼の薦めた中で20,000円のポンプをただちに注文した。

翌日土曜日の夜にそのポンプは届いた。

暗い中で無理して作業することはないので、翌日日曜日の午前中に取り替え作業を始めようとした。

彼は壊れたポンプのチューブを外して新しいポンプのチューブと交換するだけだと言っていた。

ところが壊れたポンプと購入したポンプの形状が根本的に違っていた。

壊れたポンプのチューブは二つ口なのに、購入したポンプは一つ口だったからだ。

これは素人のぼくでも瞬間的におかしいと思った。

作業をやめYouTubeで浄化槽ポンプを検索して取り付け方を調べてみた。

注意点として二つ口か一つ口かを確認し、二つ口なら左右どちらがばっ気になってるか間違えないように言っていた。(ばっ気は散気ともいい、もう一方は逆洗という。深夜に数分空気が送られる方向が変わる仕組みになってるのかなと思う)

これはきっと根本的な間違いに違いないと思ったけれど、水道工事を仕事にしていた同級生に電話で確認のため訊いてみた。やはり二口のポンプに一口のものは使えないと返事をもらった。

ぼくにはこの点検員がどうしてこんな初歩的すぎる間違いをおかすのか理解できなかった。

彼は年齢からしてもベテランに属する人だと思う。

ぼくは月曜日の昼前にこの会社に電話し電話口に出た女性に、社長と電話で話したい旨伝えた。

しばらくすると、社長ではなく、この間違いをおかした点検員の彼から電話が来た。

「どうしました?」と言われ、「どうしましたじゃないよ。教えてくれたポンプをすぐ購入したけれど、一つ口のポンプで、壊れたのは二つ口のポンプだから使えないじゃん!」とぼく。

そしたら「大丈夫ですよ。使えます。壊れたポンプのタイマー部は動いてるのでそちらはそのまま使って、新しいポンプの一つ口をタイマーから出てるチューブに繋ぎ直せば使えますから」と。

素人のぼくが何を言っても「大丈夫ですよ」の一点張りだった。

彼との電話を終えた後、再度会社に電話し、社長と直接話したいことを電話に出た女性により強く告げた。

さすがに今度は社長から電話が入り、購入した浄化槽ポンプが一つ口なことと、点検員の言うように無理矢理繋げようとしたら新しいポンプの電源コードを切断したりしないといけなくてそれではメーカー保証も効かなくなること、この一口のポンプは会社の方で買い取ってもらわないと困ることを繰り返し説明した。

結果的には買い取ってもらうことになったのだけど、購入してからのこの一連の心労はとても大きなストレスだった。

ちなみに教えてくれたポンプは3台とも全て一口タイプのもので、どれを買っても使えないものだった。

その後買った二口タイプの浄化槽ブロワポンプは33,650円の左ばっ気タイプ。

取り付けたのは6月30日月曜日だったから会社に電話してから1週間後になった。

2万円を持ってポンプを引き取りに来た点検員の彼は電話では一度も謝らなかったけれど、この時は何度も申し訳ありませんでしたと謝っていた。勘違いしていたと言っていたけれど、今回のことで素人のぼくですら、決して勘違いすることがないくらいのこと。またしても彼の信用は地に堕ちた。

今後も4ヶ月ごとに彼に点検してもらうのかと思うとそれも気が重い。

今度また何かあったら別の会社に替えるか、工事にお金がかかっても下水道に切り替えるか、そんな決断をしないといけない日が来るような気がしてる。

やれやれだ。

2025年6月9日月曜日

【20250609:月】+++歳で束ねないで+++

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新潮社の『波』2025年6月号の新連載のタイトルが『 九十歳、それがどうした』。

作者は下重暁子(シモジュウアキコ)89歳。作家、評論家であり元NHKアナウンサーで名古屋放送局にも居たらしい。

アナウンサー時代の顔はぼくも見覚えがある気もする。

とにかく、連載タイトルがまるで佐野洋子のようにぼくには思えた。

腹の据わった女性の考えは示唆にとんで面白いし、ためになる。

本当に歳で束ねられることってよくあると思う。

でもそれは他者にだけでなく、自分にも向けられる言葉でもあると思う。

歳でもって自分をたばねてる人の方が多いのではと見てとるのはぼくだけじゃないと思いたいのだけど。


以下抜粋。

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・・・新川和江さん。1929年生まれの詩人で、私がまだNHKにいた頃、仕事でお目にかかったことがある。

「新川和江です。お元気? この間、私の詩を本でとりあげてくださってありがとう。なつかしかった! 今は施設に入っているけど、足が不自由なだけで元気よ」

・・・「私ね、もうすぐ95歳になるのよ。だからといって歳で私を束ねないで!」

そう、新川さんの詩で私が愛してやまないのが「わたしを束ねないで」。

その一部を引用しよう。

 

わたしを束ねないで

あらせいとうの花のように

白い葱のように

束ねないでください わたしは稲穂

 

何ものにも縛られずくくられず、自由にはばたく詩人の声は力強く、95歳という年齢などに束ねられない。

それから間もなく、2024年8月に訃報を聞くことになった。・・・

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もちろん年齢だけでなく、ぼくらは性別とか国とか民族とか障がいとか、とかく様々なものでくくられ束ねられるわけで、それに真っ向からNO!と言ってくれる先輩がいるって心強いし大切な気づきを与えられることが多い。

常識のみにとらわれず柔軟な思考のできる人は素敵だなぁとぼくは思うのです。

 

2025年6月8日日曜日

【20250608:日】+++大人こそ楽しめる感熱紙デジカメ+++




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通販サイトでラベルプリンターを探していて出くわしたカメラ。

32GBのマイクロSDと感熱紙ロール3本付いて3,980円だった。

カメラはポラロイドを模したような形状。

しかも感熱紙はポロライドのように下口から出てくる。

感熱紙だからカラーでなくモノクロ写真風。

これはいいかも!と思って購入してみた。

それが5月30日だった。

翌日夕方届き、そこから試し撮り。

とにかく面白い。

しかもランニングコストが安い!

ぼくはこのカメラと同時に専用感熱紙ロール10本セットを購入したがそれも1,200円を切ってたから1本約120円。

ロール1本で50枚は撮れるから1枚3円以下。

すでにこのブログにもこのカメラで撮った写真を何枚も使っているから写り具合はわかると思う。

印刷濃度は3段階で選べるし、写真の解像度というかファイルサイズも選べる。

ただし、フォトフレームはちびっこ向けで使えない。

動画も撮れるけどこれも必要ないかも。

画像は32GBマイクロSDに保存されるので同じ写真を何枚も感熱紙プリントできる。

レシートとか、ファックスに使われていた感熱紙って次第に色褪せていつかは消えていく。

その儚さもぼくはいいなぁと思ってる。

これはキッズカメラにカテゴライズされてるけど、どっこい大人も楽しめる、否、大人こそ楽しめるカメラだと思う。

 


2025年6月3日火曜日

【20250603:火】+++母の退院と言っておかなければならないこと+++

 


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19日間の入院を終え、午前11時頃母は退院した。

左大腿骨転子部骨折。

施設内での単独転倒によるものだった。

リハビリ病院へは転院せず、そのまま施設に戻る選択をした。

その選択しかなかったとぼくは確信している。

母は施設の車で車椅子ごと一足先に施設に戻って行った。

ぼくは入院費を精算したのち同じく施設に向かった。


ぼくが施設に到着するとすぐに副施設長で苦情窓口責任者も兼任されている方が出迎えてくれて相談室で話し合いをすることになった。

まずは依頼しておいた事故報告書の開示とその説明をしていただき、その後転倒した際の見守りカメラ動画をノートパソコンで見せてくれた。

ぼくが想像した通り、母は介助者が付き添わないでシルバーカーを操作歩行している時に入り口付近でシルバーカーをぶつけて単独転倒していた。介護員の男性が転倒する途中に必死で母の転倒を防ごうとしたけれど、あと一歩のところで転倒してしまっていた。残念だけれど起きてしまったものは仕方ないと改めて思った。

対応していただいた副施設長兼苦情責任者の彼はとても温厚で信頼できる方のようにぼくには思えた。転倒時の映像も動画で撮らせてもらった。

それもあって、ぼくの方も率直かつ冷静にぼくが考えるところの今回の事故原因と問題点を彼にお話しすることができたと思う。

約2時間近くに及ぶ話し合いになった。

途中シルバーカーでの歩行訓練を担当した理学療法士の男性も加わり説明をしてもらった。その彼にも同じようにぼくが考えるところのシルバーカーでの歩行訓練の問題点をお話しした。それに対して彼も気づかなかった点があったと率直に認め謝罪してくれた。

この時点で、どこの病院、どこの施設、どこの組織にも共通したキーワードがあるとぼくは思った。

それは一つには『情報共有の難しさ』であり、『組織内の自浄作用の低さ』だった。

それに加え、少しきつい言い方になるけれど、施設について言うなら『ほったらかし』になる利用者の存在だと思う。

先のブログでも書いたように「声無き者は哀れ也」だ。

これも言葉が悪いかもしれないけれど、肉親を人質に取られてるようなものなので、苦情を言いたくても飲み込んでしまう人も少なくないと思う。

だけど「声無き者」にかわって「声を発する」のが子としてのぼくの役割だと思い、今回お話しする機会を設けてもらったのだった。

詳しいことはこのブログでは書けないが、施設が抱える構造的問題としてこうした事故は起こるべくして起こるとぼくは思った。

現場の介護職の人たちの仕事量を考えれば、事故が起こらない方が不思議だとも言える。

だから一概に責任を押し付けることは、(もちろん起こしてはいけない事故ではあるけれど)一方的すぎるとぼくには思えるからだ。

施設や病院、物流、ゴミ処理等に関わる職業の人たち、いわゆるエッセンシャルワーカーに対する適正給与を税金でもって国や県や地方行政が助成し補償するとともに人員配置を増やすべきだと思うからだ。(ここでは財源をどうするかどうかは省く。)

ぼくらが安心して日常生活(例えば介護を任せて仕事に励めるとか)を営めるのはこのような施設や介護従事者がいるからこそだ。

それを棚上げして、泊まりの夜勤で数十人を一人で面倒みざるを得ない人に全ての責任を負わせることは間違っていると思うからだ。

これは社会全体の問題であり、問題として見ようとしない、他人事のようにしているぼくらの問題でもあると思う。


93歳。

自分ではもう歩けなくなった母が再び転倒することはほとんど考えられない。

今後おそれているのは、腰痛圧迫骨折だ。

すでに二度圧迫骨折をして入退院を繰り返している。

今度圧迫骨折したら文字通り寝たきりになってしまう。

ベッドから車椅子へ、そして車椅子からベッドへの乗せ替え時、本来なら複数人で介助してもらいたいが、介護職員の数から言ってそれは難しいことがわかった。一人介助での乗せ替えで、車椅子やベッドに腰を下ろす時、少しの衝撃で(座らせる直前で介助者の力が尽きてドスンと降ろしてしまったりしたら)腰椎圧迫骨折が起こりうるからだ。

今日は初めて母の介助担当者(それも本来は入所時に紹介されるべきものだったが)を紹介してもらえ、担当者の彼にこの乗せ替え時の留意点をお願いしておけたのはよかった。


今回の話し合いの具体的な成果が出るかどうかはわからないけれど、とりあえずぼくが言っておきたいことは全て言えたと思う。

同種の事故が他の入居者の方に起きない一助になればいいのだけど。



2025年6月1日日曜日

【20250601:日】+++残念な年に一度の公開日+++



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数年ぶりのことだ。

今まで4回くらい行ったことのある場所。

行ったことのない人にはおすすめのスポットだった。

6月第1週の水道週間の日曜日だけ一般公開される馬ヶ城浄水場。

お店の開店準備をいつもより早く済ませ自転車で行くことにした。

今年は駐車場もなく、公共交通機関か自転車、バイク、あるいは徒歩で行くしかないとの情報。

ぼくは迷わず自転車にした。

お店から10分ちょっとで到着。

コロナ禍以後一度行ったのだけど、その時は無粋なロープが張り巡らされ、立ち入り禁止だらけになった。

もちろん地元高校茶道部のお茶の席もなくなった。

コロナ禍が完全に無くなったわけではないから一時的には仕方ないかとその時は思った。


今年は駐車場もないため入場者も減ると予想したことと、コロナ禍も過去のこととなり以前のような(無粋なロープと立ち入り禁止の標識もない)一般公開日になるかもしれないと淡い期待を抱いたのも行く気になった理由だ。

結果。。。

淡い期待は見事に吹き飛び、ぼくが最後に行った数年前よりひどくなっていた。

明治村にあるような板張りの事務所(その建物内の右の部屋は展示室だった)さえ、手前の橋の前にロープが張られ立ち入り禁止になっていたのだ!

コロナ禍以前の公開日は立ち入り禁止区域などあったのか覚えてないくらい自由に見学できた。

浄水プールの奥の百葉箱のあるところだって自由に行けて写真を撮ったりしたものだ。

ぼくにはこのような立ち入り禁止だらけにする公務員気質が透けて見える。

ぼく自身も教育公務員だったからその理屈は想像に難くない。

にしても、今更の何故の立ち入り禁止区域なのだろう。

譲れない理由があるならその理由を文面にして公開すればいい。

これは昔の馬鹿げた校則に似てる。

今ではその校則すら人権侵害等の観点から現代の常識に照らし合わし改定されたり削除されたりしてるわけだ。

「禁止だから禁止!」では通用しない。

せっかくの景観も無粋なロープが邪魔をする。

写真を撮ろうにもロープを避ければ画一的な画角になって面白くない。

年に一度きりなんだよな。

昔の映画のようにことごとくヘアにボカシを入れるような無粋がここでは今なお大手をふるってまかり通っている。

残念なことだ。

そういえば、今年はこの街でトリエンナーレが開催されるという・・・。


【追記/20250708:火】

昨日お客さんから聞いたのだけど、水道週間中年一回の公開時、馬ヶ城浄水場の立ち入り禁止区域が多いのは、事務所の建物もダムも浄水施設も耐震基準を満たしていないからとのことだった。コロナ以後一律立ち入り禁止ということではないらしい。納得した。

それならその理由を記して(どこかに記してあったならごめんなさい)掲示しておいてくれると不必要な誤解も回避できるのにと思うのだった。

2025年5月28日水曜日

【20250528:水】+++母の退院日が決まった+++


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右大腿骨転子部骨折で5月15日に緊急入院、緊急手術した93歳の母の退院日が決まった。入院中の病院のソーシャルワーカーから電話連絡を受けた。

来週の火曜日6月3日。

19日間の入院期間と言うことになる。

リハビリ病院への転院はせず、そのまま施設の方に戻ることになる。

病院でのリハビリは痛がってつかまり立ちも満足にできない状態ではあるけれど、痛みも随分緩和されてきたような気がする。

こんな状態なので施設での生活は不安点も多々あるので、施設側にお願いできることははっきりとお願いしておくつもりだ。

入院当初認知症がかなり進行したように思えたけれど、少しずつ会話も増え、ぼくのことも認識してくれてるようなので少しホットした。

まだまだ母の人生は続いていくし、続いていってほしい。

*写真はシーツ交換の間、母と6Fデイルームから市内を眺める。車椅子に座っている時に痛みがないのも幸い。



2025年5月27日火曜日

【20250527:火】+++小さなカフェへ+++

 

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久しぶりに安城のタカさんを訪問。

Instagramによると2月の末から自宅の隣にあるお店の改装工事を始めたことになるから約3か月かけて小さなカフェを完成させた。以前の客席は北向きで南側に面する道路に背を向けることになっていた。今回の改装で客席は西側に向くので南側からの光が良い具合に店内に入り小ささも重なって落ち着く。引き戸のガラスは3段になっていて一番上は透明ガラスだけれど、二段目、三段目はぼくの好きなモールガラスで外からの視線も気にならない。

ぼくは元来広いスペースよりも狭いスペースを好むのでなおさらだ。

視覚マジックかもしれないけれど、視線の抜けがいいので以前よりもずっと広く見えた。

グレイの厨房は客席よりも広く、調理するスペースがしっかり確保されている。抑制された照明も効果的だった。


このカフェはタカさんの娘さんが施主。

きっとすぐに評判のお店になることだろう。

今日は娘さんのお店が開店する前の間借り。

タカさんが自慢の手焙煎で焼いた珈琲豆で珈琲をいれ、ホットサンドを添えてくれた。

珈琲は深煎り。スッキリした苦味で、冷めてからも美味しくいただけた。ぼくも持ってるこの網カゴ回転式の焙煎機でここまでうまく焙煎するのは並大抵ではない。タカさんのこだわりの証だ。

ホットサンドも焦げ目が狐色で見た目も綺麗。肉入りでボリューミーで美味しかった。

タカさんはエプロンをしてカウンターの向こうに立っていた。

すっかりカフェのマスターだった。

ご馳走様でした!

*タカさんにもらった釘箱は帰ってからタワシで洗ったあと、金ブラシで木の表面を少し磨いておいた。やれた感じがとても気に入っている。これをぼくのお店のどこに使うか考えるも楽しい。ありがたいこと。



 

2025年5月26日月曜日

【20250526:月】+++相変わらずアキレス腱が痛いなぁ+++

 

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そのうち、「あれ?そういえば踵のアキレス腱の痛みがないなぁ。」

なんてことにならないかと淡い期待を抱いているのだけど、全然そういうことは無くて、相変わらず鈍痛が続いている。

もう1年くらいになるのかも。

でも、いつも痛いわけでなく、じっとしていれば痛くないときもあるし、じっとしていてもどーんと鈍い痛みがあるときもある。

逆に痛くて歩けないってことは一度もない。

夜横になって眠るときはほとんど痛くないのは助かる。

まだ整形外科で処方された湿布をしてるのだけど、その効果もあるのかないのかわからない。

地元の猿投山にこのアキレス腱炎をかかえたまま登れるかなぁと最近ときどき考える。

ちょっと試してみたい気もする。

途中で引き返すことも考慮に入れながらね。

履物をどうするか・・・も問題だね。 

踵の骨の出っ張りが靴で擦れたら痛みだすかもしれないからなぁ。

 


2025年5月23日金曜日

【20250523:金】+++声なき者は哀れ也+++

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母は認知症もあって今自分の置かれている状態もわからないでいる。

そうに違いないとぼくは思う。

夕方母を見舞うとすっかり眠りに落ちている。

ベッドの足もとにあるテーブルには手付かずの夕飯がトレーの上に並んでいる。

蓋を開けると流動食とお粥とお茶だ。

大部屋に移って、他の患者さんたちはカーテンの向こうでそれぞれに歯を磨いたり寝るための準備をしているようだ。

ぼくは母に声をかけ、母を眠りから覚ます。

ベッドのコントローラーで上半身を起こす。

眠りから覚めたばかりの母はぼくが誰なのかわからないようだった。

「お母さん、夕食きてるから食べよう。まずお茶飲もうか。お母さん、湯呑みは自分でつかんで飲んでみようか。」

母はゆっくりと湯呑みを口元に持っていき、そうっとお茶を口の中に流し込む。

「あー、おいしい。」と母が言う。そうして二口、三口とお茶をおいしいと言って飲んだ。

「そっか。よかったね。じゃ、今日は具のない茶碗蒸しがあるからまずはそれから食べてみようか。」

寒天のように少し固まった茶碗蒸しをスプーンに掬って母の口元に持っていく。

母は少し口を開け、ぼくはその口の中にスプーンの先端を半分ほど入れる。

母はそれを吸うようにして口の中に収める。

入れ歯を外した母の顔は他人のお婆ちゃんのように見えた。

しばらくくちゃくちゃと口を動かし嚥下する。

「お母さん、上手上手!」

母はまた「おいしいなぁ」と言う。

ぼくからしたらどれもとても美味しそうに見えないけれど、母は病院食に文句を言うどころか

おいしい、おいしいと言って食べるのだ。

今夜もぼくが介助して夕食の4分の3くらいを食べた。

ぼくは急に悲しくなって、涙がこぼれそうになった。

母に本当においしいものを食べさせてあげたい。

もしもぼくが今日来なかったら、母はこの夕食を食べることができたのだろうか。

自分の方から職員に何かをお願いすることはもう母の能力ではできない。

頭皮がどれだけ痒くても、喉がどれだけ乾いたとしても、母はもう声なき者なのだ。

あとは、気遣いのできる誰かが母の様子を見て対処してくれるのを、それはおそらくとてつもなく可能性の低いことだろうけど、その善意をただじっと待つ以外にないのだ。

声なき者は哀れ也。。。

声なき者は哀れ也。。。

本来は、声なき者にこそ、ぼくらの想像力、共感力を発揮するべきだとぼくは強く思う。

帰り際、もう一度母に尋ねてみた。

「お母さん、それじゃもう帰るけど、ぼくが誰かわかる?」

「・・・じゅん・・・」と消え入りそうな声だった。

それが今日の救いだった。




2025年5月21日水曜日

【20250521:水】+++物置掃除でヘトヘトになった+++


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物置の片付けをしようと扉を開けるたびに途方に暮れるだけで、なかなか手が付けられなかった。

先日のVOUSHO映画会の時に何気なくそのことをO君に話したら水曜日に手伝ってくれることになった。

昨日この地方は最高気温31℃ほどで真夏日。

今日も高温が予想されるので昨日日程変更を提案したけれど、予定通り実施することになった。

熱中症に気をつけないといけない。

午前10時過ぎから作業を始めたが、30程作業して30分休憩。また30分作業して30分休憩。

水分補給をしっかりした。

結局午前中は1時間程の作業で終わった。

正午になったのでお昼ご飯を食べに中華料理屋へ。

そして午後1時すぎから作業再開。

40分程作業して20分休憩。

30分作業して物置の荷物はほとんど外に出し終わった。

それから物置の中を箒と掃除機で掃除した。

 

10年ぶりに物置の中はほぼ空っぽになりスッキリ!

埃とアシナガバチの巣と死骸もきれいさっぱり片付けた。

下駄箱や書棚等粗大ゴミを軽トラに積んで3時ごろO君と一緒に晴丘のゴミ処理場に向かった。 

ゴミの総量は80kgだったので処理費用1,600円だった。

処理場から戻ってすぐに外に出した荷物を物置に戻す作業を始めた。

雨が降りそうだったので少し急いで作業しなければならなかった。

全ての作業が終わったのは5時半くらいだった。

冷蔵庫とテレビと柱や鴨居の端材は外に出した。

にも関わらずまた物置の中は荷物でいっぱいになってしまった。

 

それでも大きな前進だ。

ここからまた少しずつ整理していけばいいのだから。

O君に7時間分のお礼をして今日の作業は無事終わった。

O君に手伝ってもらわなければできなかったと思う。

O君に感謝!

ぼくは4時半ごろにエネルギーが完全に消耗し久しぶりにヘトヘトになってしまった。

*雨に降られるといけないのでとりあえず荷物を入れただけなのでここから整理を少しずつすることになる。まだまだ作業は続くけど大きな一歩だね。