2026年7月9日木曜日

【20260709:木】+++心の支えとまではいかないけど+++

 

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ぼくは思うのだけど、容易に心の支えを設けてしまうのは危険だとね。

今日、れいわ新選組の山本太郎代表が辞任し、今月行われることになった代表選以後は党名も変わると会見で発表された。実質れいわ新選組という政党はなくなってしまうことになった。それに伴い大石あきこ共同代表も役職から退き、離党し一旦政界から去るとのことだった。1つの時代が終わった気がした。

ぼくは今の政治状況の中において、馬鹿正直に筋を通し、空気を読まないこの政党に現状に風穴を開ける希望を託した。その一方で正直全てうまく行くとは思っていなかった。れいわ新選組が勢力をのばせば必ずそれを潰しにくるだろうし、バックに大企業や宗教や労働組合というパトロンを持たない政党がボランティアのみでたたかうことにも限界があるからだ。

山本太郎が病気を理由に議員辞職し、れいわ新選組の一線を退いてから党勢は弱体化し、内部分裂状態になってしまっていた。直近の衆議院選挙で惨敗したことから、沈み行く泥舟から逃げ去るように離党した地方議員たちもいれば、責任論をたてに主導権争いをするような旧態依然とした指導部糾弾の構図も浮き彫りになった。

ぼくはれいわ新選組は他の政党と同じような枠組みで捉える必要は無いと思っていた。

与党はもちろん野党に対しても馴れ合いの茶番だと言い切る政党は他にないように、元々れいわ新選組の枠組みは他党と全く違っていたからだ。それゆえに過激な発言に聞こえるようだが、かれらが繰り返し主張していることは過激でもなんでもなく全く当たり前のことしか言ってないのだった。

政治家が大企業や宗教や御用労働組合の方に向いているのか(そちらを向いていれば票が保証され国会議員の地位を安定的に確保できる)、主権者たる国民の方に向いているか、この仕組みから現状の政治判断の因果関係を説明する政党もなかった。

つまり徹底的に規格外だったのだ。

規格外のものに、手垢のついた規格を当てはめるのはナンセンスなのだ。

この規格外政党にぼくは希望を託したと言ってもいい。

彼らに希望は託しても心の支えとまで安易にしてはいけないとぼくは最初に書いた。

個が自立していてこその連帯だ。

れいわ新選組の第1期の役割は十分すぎるほど果たしてくれたと思っている。

全体から見れば多く無いかもしれないが、れいわ新選組の存在によって政治に目を向けるようになった人たちも確かに増えたと思う。れいわを支持しなくても無関心から無が取れただけでも大進歩だ。

既得権益の分厚い壁に風穴を開けるのは並大抵のことでは無い。

でもその壁に揺さぶりをかけることはできたのではないか。

今後どういう政党の体に変化して行くかわからないけれど、一部の富裕層にではなく、ぼくら庶民の暮らしに安心と安全を与え、この国で生きててよかったと思える、そんな政治を実現できうるのは彼らのような政治家・政党だろうという期待・希望をぼくは今も変わらず持ち続けている。 

次はこの壁に小さなヒビを入れられるといいな。

 

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