2025年7月31日木曜日

【20250731:木】+++軽トラ不調気味なのも暑さのせい?(追記あり)+++

 


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愛車の軽トラがちょっと不調気味。

急に動かなくなりそうな気配。

今日の昼間、軽トラを走らせていたら、アクセルのレスポンスが急に悪くなって、アクセルをふみこんでもスピードが上がらずそのままスピードが落ちて止まるんじゃないかという状態になった。

最寄りのコンビニの駐車場に停めて様子をみることにした。万一途中で止まってしまった時のために水分補給してロードサービスを待つ用にそのコンビニで飲み物を買っておいた。

警告灯類は点灯してなかったけれど、似た症状としてはガス欠に至る時のような感じだった。

ガソリンメーターは確かに残量が少なかったけれどガス欠になるような目盛りではなかった。とりあえずその後帰る途中にガソリンは補給しておいた。でもプラグにガソリンがかぶったような感じは拭えなかった。

クラッチの滑りなのかもしれないし、ひょっとするとシフトがきちんと入ってなかったのかもしれない。だけど確かに違和感、不調を思わせる違和感があった。

こんな酷暑の炎天下でロードサービスを待つようなことになったら・・・と思うと恐ろしい。

しばらくは遠出や辺境地域には行くのはやめておかないといけない。

9月に車検だし、その後涼しくなったら車体を友人にも手伝ってもらい全塗装するつもりだったけれど、この異常なまでの暑さが軽トラにも影響してるのかもしれないね。

【追記/0808(金)】

昨日(8月7日)再び軽トラ不調に。坂道をのぼる途中でノッキングのような症状で加速できず。なんとか頂上までのぼり切って、あとは下り坂だったのでお店に戻って来れました。その後近くの修理工場に連絡してみてもらうことに。代車と引き換えに軽トラをもって行ってもらいました。

そして今日軽トラは戻ってきましたが、イグニッションコイルという部品がもう無いそうで代用できるものも5万円くらいするし、それに替えてももしかすると治らない可能性もあるとのこと。結局中古が出るのを待って、その中古部品が出たら購入して交換することに。中古といっても安いとは限らないのでそれも不安材料。端末で故障箇所をスクリーニングするとこのエンジン部の部品だけエラーが出るとのこと。

タカさんからこの軽トラをもらってから本当によく活躍してくれた。特に実家の粗大ゴミの廃棄運搬で大活躍してくれた。もう限界かもしれないね。その時は次も軽トラにするか軽ワンボックスにするかも決めないと。でもぼくは軽トラがとにかく好き! 9月の車検を通すか買い換えるか悩ましいところです。

2025年7月26日土曜日

【20250726:土】+++暇に任せてつれづれに記す+++

 

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「アウェイ感」をものともしない人が羨ましい。逆にこのアウェイ感を楽しんでいたりするからなおさらだ。自分という芯がしっかりしてるからだろうと想像する。

ぼくは昔ちょっとだけ記憶力が良かったらしく、それだけで学校時代を乗り切ってきたようなもの。つまり頭はそんなに良くない。だから理論武装なんてのもできない。

さらに宗教とかも信じられない。死んだらそれまで。あの世とか生まれ変わりとかも無いと思ってる。

死ぬのは仕方ないし、怖い・・・とも思ってない・・・はずである。

怖いのは痛み。強烈な痛みを我慢してまで生きてたいとは思わない。

痛みは恐怖だ。

そんなぼくだけど、1つだけこれは(良いことかも)と言えるのは、「自分は自分」と思えること。人と比べても仕方ないからね。それと他の人にどう思われようとあまり気にしないこと。それくらいだな。

ぼくは年齢からいっても戦争に駆り出されることはない。憲法が変えられ、徴兵制が導入されてもね。でも戦争適齢期の人たちはわかってるのかな?と心配になる。日本は誰がどんな政治を行っても今のままみたいな、まぁ何となく暇つぶしができる程度のモノがあり腹が減ったら食事にありつける状況、そんな平和ボケボケの状況が今後もずっとできるんだろうとたかをくくってないのかなと。

どの党になっても政治なんて変わらない・・・とずっと思い込まされてるんだろうけど、そんなことは嘘だ。政治が変われば暮らし向きも自ずと変わる。でなければ世界に政治家がいる必要なんてないからね。

バカは死ななきゃなおらない・・・というのも違う。バカは死んでもなおらない。

自分の大切な人が異国の戦争に駆り出され瓦礫の下や泥水の中で無駄死にしてもいいのかな。もちろん兵士となった自分自身も含めてね。

本当にやばい状況が近づいてるんじゃないかな。

ケチな人を好きな人はいないはず。ぼくもケチな人はノーサンキュー。例えば自分が高価な商品を作って売ってる人が自分がお金を払う立場になると、そんな高い飲み物は飲めないとかそんな高い商品は買えないとか言う。こう言う人とは付き合わないことにしてる。

逆にアルバイトしながら作家活動を頑張ってる人がぼくのお店の安くないコーヒーや珈琲豆を購入しに来てくれたりする。そう言う人を応援したいと思うのは当然のこと。

ぼくが親しくさせてもらってる個人事業主の若い友人は、ぼくの知り合いのお店に一緒に誘って行ったりすると、必ずと言っていいほど何かちょっとした小物を購入したりする。決して裕福とは言えないのにである。彼はいいお金の使い方をするなぁと思うし、見習わせてもらってる。

良いお金の使い方をする人って素敵だね。もっともっと評価していいはず。

何にでも「向き、不向き」ってある。

向いてるものに出会えればラッキーだけど、人生うまくいかないことがデフォルトだとぼくは思ってるので、不向きでもやってみることは有りだなとも思ってる。

やってみないとわからなことがあるし、やってみて初めて気づくこともある。自分にとって何らかのプラスになることもあったりする。

ぼくは教員になってみて、不向きだなと思ったけれど30年我慢して続けた。

そして自家焙煎珈琲店の店主を10年やってみて、商売にも向いてないなと自覚した。

それでも、どちらもぼくの人生にとって得るものは少なからずあったのも本当だ。

だから向いてないと思ってもやって見る価値はあるかもしれないね。

ぼくは所属意識が希薄だ。

だから「同じ高校の出身です」とか「同じ大学の出身です」とか言われても「そうなんだ」としか言いようがない。

逆にそんなことで、他の人より便宜をはかったりとか、重用することはおかしいと思う。学閥というやつだよね。悪しき習わし。

繰り返し言うけれど、やはり人は個人としてどうかだと思う。個としての性格とか考えとか行動とかだよね。それが自分と合うかどうかだ。

同窓会とかにぼくが行かないのは所属意識が希薄なこともあるけれど、同窓生というだけですべて好きな人ばかりでなく、そうじゃない人もいるからね。一括りにすること、されることから距離を置いてる・・・と一応言っとくね。

馬ヶ城浄水場の水がぎりぎりぼくのお店まで来てると先日お客さんから教えてもらった。彼が見せてくれた浄水場の守備範囲の地図を見ると、VOUSHOはぎりぎり馬ヶ城の水ということになる。(公開日の時の試飲で) 他の水と飲み比べてもまろやかで美味しい水だったから正直嬉しい。でも浄水用の水槽池だけでなくダムも事務所もすべて耐震基準を満たしてないらしく、それを修繕するには巨額の予算がかかるので当局としては閉鎖したいらしい。それに加え、近くに産廃施設の建設予定もあるらしい。

いずれ瀬戸市で一番古くて歴史的価値もあると思われる馬ヶ城浄水場もなくなってしまうのかも。

残念という言葉を使いたくないけど。。。

 

2025年7月21日月曜日

【20250721:月】+++個として見る+++

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2025年参院選の結果を見て民意のなだれ込みっておそろしいなぁと思った。既存メディアのていたらくが言われて久しいけれど、やはりSNSの煽り効果というか、集団意識の流れを巧みに操作してるみたいで、スマホ時代特有なんだろうなぁと。そうした民意の核みたいなものが一旦出来上がると、そこに他の民意も吸い寄せられ今回のような結果になるのだろうかと。集団意識の流れを巧みに操作というのは、米・トランプのように容易な言葉と過激な言動で理屈ではなく感情に訴えるという手法かと思う。それを模倣したミニ・トランプがあっと言う間に世界中に増殖したようなものだ。

ぼくは以前から同調圧力的なものとか、ムラ意識みたいなものが苦手だったし、それがさらにひどくなると戦前の大政翼賛的なものに転化して行きそうでおそろしい。

強力なカリスマを持った指導者が現れて民衆をつき動かすのでなく、民意の塊が巨大化しその塊のもつ熱狂が権力者と共振した時におそろしいことが起こりそうな気がする。民主主義とは意識的に守っていかないといけない脆弱なものだと改めて思った。

スマホ時代の選挙活動はショー化、エンタテイメント化し、注目を集めたものが勝ちという図式に堕してしまった。そろそろなにがしかの規制を設けてもいいのではないだろうか。

差別と分断はどこの国でも根が深い問題だ。

ぼくは大学卒業後の北米一人旅を通し、自分が黄色人種であり、アジア人であることを強く認識することになった。北米ではマイノリティーとしての自分を経験した。

そこから、国籍や性別や年齢等は関係ないことを学んだ。どこの国にも素敵な人はいるし、逆にどこの国にもそうじゃない人もいる。結局個人としてどうかと言うことに尽きる。

友人がたまたま○○人と言うだけのこと。

そう言う意味において、ぼくはその人を個として捉えるから差別と分断は起こりえない。風習や文化の違いがあってもそれは国内の方言の違い程度のもので、お互いの風習や文化を尊重しあっていれば問題にならない。どちらが上だ下だという狭量な民族意識と無縁の世界に暮らしたいものだ。


 

2025年7月15日火曜日

【20250715:火】+++呆れたこと(追記あり:07/26)+++


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また母の施設に苦情を申し出た。

不本意だけど、きっとぼくはクレーマー的に思われてると思う。

でも声なきものは哀れなり・・・だからなぁ。

本当にこういうことはストレスフルなので勘弁して欲しい。

 

こんな次第だった。


今日は母の入れ歯ができて2週間経つので調整のために歯科受診することになっていた。

施設から続く道路が工事中でかなり渋滞しているため、いつもより30分早く施設を出ることになっていた。

母は大腿骨転子部骨折してからは車椅子生活。

そのため、施設のリフト付き大型ワンボックスカーでぼくも一緒に送迎してもらうことになっている。今回で3回目だ。

母の乗車も完了し、車が10mほど動き出したとき、ふと心配になって母にマスクを外してもらい入れ歯を確認してみた。

すると不安は的中!

入れ歯が装着されてなかったのだった!!!

すぐに車を止めてもらい、施設の玄関脇に戻ってもらった。

入れ歯の調整のために歯科通院するのに肝心の入れ歯を入れてないなんて!!!

人間のすることだから忘れることもある・・・のだけれど。

介護員も看護師も母の通院目的を把握せず、保険証とお薬手帳をマニュアル通り用意するだけでチェックもしないのだろうかと怒りを通り越して呆れたのだった。

もしこのまま気づかず隣市の歯科医院に行き、待合室で待った後、診察室に入ってマスクをとって口を開けたら・・・。。。

その時の落胆を想像しただけでゾッとした。

その上である。

介護員の女性が母の入れ歯が入ったケースを持ってきた時、入れ歯の装着をお願いしたら、「手袋してないのでできません」と言ってぼくにケースを差し出したのだった。

「一体どうなってるの?!」とぼくはその介護員に思わず言ってしまった。

 ぼくが彼女の立場なら、(たとえ、入れ歯だけを持っていくように指示されたとしても)まずは入れ歯を装着してなかったことを詫び、それからすぐにゴム手袋を近くの診察室等で借りて対処すると思う。

母の骨折事故の事後対応といい、今日のことといい、この施設に対する不信感は増すばかりとなった。

事務方の職員と現場の職員との対応の差が著しすぎる・・・とぼくは思っている。情報共有の問題と意識レベルの問題、さらには激務のせいもあるかと想像する。他の施設のことはわからないけれど、程度の差こそあれ、本質的には同じ問題をはらんでいそうだ。

 

歯科診察では母の入れ歯と歯茎の状態は問題なかった。

診察時にぼくの方から新しい入れ歯の施設での扱いに関して疑問がある旨医師に相談したら、施設職員に向け入れ歯の洗浄方法(わずか10日間で汚れが相当あった)や、食事の時だけ入れ歯装着ではなく起きてる時は常時装着のこと、また、普通食への移行(骨折入院時に流動食だったためもあるが、施設に戻って1ヶ月以上経つのにまだ普通食になっていない)のことが絵入りで書かれた書類を作成してくれることになった(できた書類は施設の看護師に手渡した)。

施設に戻ると玄関に副所長が待っていて、前回同様彼と懇談することになった。

今日のことはもちろんのこと、それとは関係ないが、母の靴下が全部無くなってしまっていて、新たに12足購入し持ってきたことや、その全てに名前を記したことを説明し、彼に靴下の枚数と名前を確認してもらった。

そのことに対しても副所長は詫び、今後こういうことのないよう対処すると言っていた。この施設では着用するものは外部のボランティア(?)に布に名前を書いて縫い付けてもらう方式のようだけど、そのシステムがうまく回っているか疑わしいので今回はあらかじめぼくの方で記名しておいたのだった。

懇談後は母の部屋に移動し、母が車椅子からベッドへの移乗動作を見学させてもらうことになっていた。担当介護員と看護師と副所長が見守る中、母の移乗が始まった。右足の痛みも無いようでベッドの手すりを掴みながら少しの介助で立ち上がる母を見ることができた。93歳だけれど、ここまで回復したことは驚きだったし本当に良かった! そのことが今日の唯一の救いとなった。

 

【追記:7/26】

昨日(7/25)coffeeloverさんと言う人からコメントがあった。そのコメントに返信してアップしたら既に投稿者自身によりコメントが削除されていた。

そこでぼくの返信だけを記しておくことに。

coffeeloverさん、コメントありがとうございました。お父さんのこと、残念です。ぼくは今日母の面会に行った時、看護師さん二人(年配の方が看護師長かと思われる)から母が5分間くらい意識喪失状態が今月初旬にあったことや、降圧剤が一錠増えたこと、そして新しい入れ歯での食事様子などの説明を受けました。

「事務的」と言う言葉がcoffeeloverさんのコメントにありましたが、事務的であってもやることをやってもらえていればいいのですが、現実はなかなかそうは行かないようです。残念ながらスタッフに恵まれるかどうかは運次第・・・のようです。

今日も話がなかなかかみ合わなかったりしましたが、母のことを名前でなく「このかた」とおっしゃってました。何百人も入所者がいるわけでもないから、名前で呼んでほしいところですが、きっと名前を覚える気がないのかもと想像しました。先日の入れ歯をはめずに歯科通院に送ろうとしたのが腑に落ちました。施設に対する信頼が薄れてきてるので、なんでもネガティブに捉えてしまう傾向がぼくにもあるのかもしれません。単なる偶然だったかもしれませんが。。。

とにかく、施設側にお願いすることは、すべて苦情のような感じになって自分がクレーマーみたいな気がしてとてもとてもストレスフルなのですが、言えない母の代わりに気づいたことは言うしかないなと思っています。それがたとえ「言うだけ」になってしまっても。


 

2025年7月14日月曜日

【20250714:月】+++5年3ヶ月ぶり+++

 


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5年3ヶ月ぶりにお客さんゼロでした。

10年経っても認知度低いし、おまけに営業日も土日月曜の3日だけ。特に平日の月曜日はね。

と言っても、普段から限りなくゼロに近い日もあるわけです。営業日が5日だった時なんかは毎日お客さんが誰一人来ないかも・・・という不安に心の平静を保つ試練の連続でした。お客さんを待つことも仕事の一つと学ばせてもらったわけです。それがボディーブローのように効いてきて、もうダメかな〜と思うことも一度や二度じゃなかった。しんどかったな〜。

それゆえ、喫茶店やカフェが数ある中でわざわざVOUSHOに来てくれるお客さんをありがたいと思うわけで、代金に見合ったサービスや環境を提供しなくちゃと思うわけです。

お客さんが誰一人来なかったことなんてブログに書かない方がいいよ、書いちゃいけないよと助言してくれる友人もましたが、あの頃の初心に戻るつもりで敢えてアップすることにしました。

助言通りにしなくてごめんなさい。

そうそう、あの頃ぼくは営業終了時間間近に来てくれて、お客さんゼロを回避してくれた人を「救世主!」と心の中で呼んだものです。

また一歩ずつ進んで行きます。

(2025/07/21   1週間後に記す)


2025年7月13日日曜日

【20250713:日】+++今、ぼくの一番好きな海外ドラマ+++





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海外ドラマでぼくの好きなものと言えば、スエーデンの『ドラゴンタトゥーの女』の三部作とか、英国ドラマ『 UNFORGOTTEN/埋もれる殺意』の各シリーズとかだったけれど、ここに来てスエーデンとデンマーク合作ドラマ『THE BRIDGE』の1〜4シリーズが今のところぼくの一番のお気に入りとなった。

アスペルガーで相手の心情を察することが苦手なスエーデンの女性刑事サーガ・ノレーンと言うキャラクターがとにかく素晴らしい。

そして、シリーズを追うごとに彼女自身が抱える家族との確執、そして心の苦しみが明らかになっていく。

シーズン4ではクライム・サスペンというより、サーガ自身を扱ったドラマと言っていいと思った。

ドラマは表層的なものからどんどん深化していった気がした。

サーガを演じ切ったソフィア・へリーンはサーガそのもののように思えた。彼女の後ろ姿を見るだけで、彼女が歩き去っていくシーンを見るだけで、彼女の心の痛みや辛さがストレートに伝わってくるからだった。

ぼくはこのドラマで「代理ミュンヒハウゼン症候群」という病を知った。サーガの母親がサーガの双子の妹に薬物等でしょっちゅう病気にしていたというものだ。最終話ではサーガのその仮説が同僚の解剖医によって立証されたことで心の重荷からようやく解放されることになった。妹は鬱状態になり鉄道自殺していたからだった。人の気持ちを推し量ることが苦手なサーガは妹の自殺を妹の気持ちが読み取れなかった自分の責任だと捉えていたからだった。

少し風変わりだけど優秀な刑事が難事件を解決していく物語から彼女自身の物語へと次第に移行深化していくのは見事だった。

機会があったら是非見てください。

彼女のトレードマーク、ポルシェ911Sもカッコイイ。

シーズン1が2011年、シーズン2が2013年、シーズン3が2015年、シーズン4が2018年公開。(シーズン4のみ配信シリーズ購入で見ました)

ここでは詳しく紹介しませんでしたが、同じくオランダ産のドラマ『ザ・キリング』シリーズのコペンハーゲン警察の女性刑事サラ・ルンドもとてもいいです。シーズン3でおそらく完結かな。全て見ました。こちらもおすすめです。

オランダの映画やドラマも質が高く見逃せませんね!

2025年7月9日水曜日

【20250709:水】+++モネ展に行ってみたけど+++

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ぼくには何がいいのかわからなかった。

モネ展。

点数も少ないし。

巨匠というだけで平日にも関わらずこれだけの集客力があるんだね。

それよりも同時開催されてた展示の方がよかった。

去年買った年間パスポートの期限が8月31日。

この間今日のモネ展を入れて4回利用した。

なので元は取れてる。

ミュージアムショップでヤノベケンジの冊子(半額セールのもの)とオランダ人写真家のエド・ファン・デア・エルスケンという人のポストカードを買った。

このポストカードが気に入っている。


帰り際、とても暑いのに涼しげに和服を着た女性たちを見た。

おしゃれは暑さも吹き飛ばすんだろうか。

精神力がすごいな。


2025年7月7日月曜日

【20250707:月】+++太くんとの2週間が終わった+++



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太くんの初個展である作陶展がVOUSHO近くのギャラリーで開催されていた。

それが昨日終わり今朝4時過ぎに太くんは相模原に向け車で帰って行った。

6月25日(水)にから7月7日までの13日間。

個展はその間の6日間だった。

ぼくは個展初日の6月27日(金)の午前中に見に行った。

移築したという立派な和風住宅のギャラリーなので太くんの作品ととてもよく調和していた。

窯業専攻科を卒業して5年、その後もずっと作陶を続けてきただけあり立派な作陶家になっていた。

この期間中の半分以上の日数、太くんと過ごした。

ぼくのお気に入りのカフェにモーニングに行ったり、鰻をご馳走になったり、夕飯を一緒に食べ、盃を酌み交わしたり。

他の人とはなかなか話せないようなことも含め、彼とは本音で色々語り合った。

彼はぼくより一つ歳上で高校の時の部活の先輩(キャプテンだった)なのだけど、専攻科に入学が決まった時にぼくの方から「野田先輩という言い方はやめて、太くんにするけどいい?」と提案した。

部活の先輩というぼくにとってはちっぽけな括りなんてやめて、生涯の友として付き合いたかったからだ。

もちろん太くんは快諾してくれて、ぼくのことはジュンくんと呼ぶようになった。

太くんが居なくなった部屋を見て寂しく感じたけれど、ここからまた新たなスタート。

楽しい時間とこのような機会を作ってくれたことを彼に感謝した。


2025年7月6日日曜日

【20250706:日】+++湊さんの来店+++

 


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昨夜名古屋でライブ出演するために来名してた松浦湊さんが来店してくれた。

何年振りだろう。

彼女はVOUSHOを開店してからまだ2年目の2016年9月に初めてライブをやった記念すべきシンガーソングライターだ。

彼女はとてもユニークな人で、音楽のみならず文章も絵も独特なユーモーアを含んでいて多才な人。

しかもお酒をこよなく愛している人・・・のようである。

前回オツベル君のライブの後、オツベル君とこんなライブができたらいいなぁと話していたのは、3人のスペシャルナイトライブだ。

松浦さんと山田庵巳さんとオツベル君のジョイントライブ。

そんなのが実現できたら素敵だ。

こういうことはタイミングなので、そのタイミングが来るまでじっくり待とう。

久しぶりの湊さんは相変わらずチャーミングだった。

嬉しかったなぁ。