2025年6月3日火曜日

【20250603:火】+++母の退院と言っておかなければならないこと+++

 


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19日間の入院を終え、午前11時頃母は退院した。

左大腿骨転子部骨折。

施設内での単独転倒によるものだった。

リハビリ病院へは転院せず、そのまま施設に戻る選択をした。

その選択しかなかったとぼくは確信している。

母は施設の車で車椅子ごと一足先に施設に戻って行った。

ぼくは入院費を精算したのち同じく施設に向かった。


ぼくが施設に到着するとすぐに副施設長で苦情窓口責任者も兼任されている方が出迎えてくれて相談室で話し合いをすることになった。

まずは依頼しておいた事故報告書の開示とその説明をしていただき、その後転倒した際の見守りカメラ動画をノートパソコンで見せてくれた。

ぼくが想像した通り、母は介助者が付き添わないでシルバーカーを操作歩行している時に入り口付近でシルバーカーをぶつけて単独転倒していた。介護員の男性が転倒する途中に必死で母の転倒を防ごうとしたけれど、あと一歩のところで転倒してしまっていた。残念だけれど起きてしまったものは仕方ないと改めて思った。

対応していただいた副施設長兼苦情責任者の彼はとても温厚で信頼できる方のようにぼくには思えた。転倒時の映像も動画で撮らせてもらった。

それもあって、ぼくの方も率直かつ冷静にぼくが考えるところの今回の事故原因と問題点を彼にお話しすることができたと思う。

約2時間近くに及ぶ話し合いになった。

途中シルバーカーでの歩行訓練を担当した理学療法士の男性も加わり説明をしてもらった。その彼にも同じようにぼくが考えるところのシルバーカーでの歩行訓練の問題点をお話しした。それに対して彼も気づかなかった点があったと率直に認め謝罪してくれた。

この時点で、どこの病院、どこの施設、どこの組織にも共通したキーワードがあるとぼくは思った。

それは一つには『情報共有の難しさ』であり、『組織内の自浄作用の低さ』だった。

それに加え、少しきつい言い方になるけれど、施設について言うなら『ほったらかし』になる利用者の存在だと思う。

先のブログでも書いたように「声無き者は哀れ也」だ。

これも言葉が悪いかもしれないけれど、肉親を人質に取られてるようなものなので、苦情を言いたくても飲み込んでしまう人も少なくないと思う。

だけど「声無き者」にかわって「声を発する」のが子としてのぼくの役割だと思い、今回お話しする機会を設けてもらったのだった。

詳しいことはこのブログでは書けないが、施設が抱える構造的問題としてこうした事故は起こるべくして起こるとぼくは思った。

現場の介護職の人たちの仕事量を考えれば、事故が起こらない方が不思議だとも言える。

だから一概に責任を押し付けることは、(もちろん起こしてはいけない事故ではあるけれど)一方的すぎるとぼくには思えるからだ。

施設や病院、物流、ゴミ処理等に関わる職業の人たち、いわゆるエッセンシャルワーカーに対する適正給与を税金でもって国や県や地方行政が助成し補償するとともに人員配置を増やすべきだと思うからだ。(ここでは財源をどうするかどうかは省く。)

ぼくらが安心して日常生活(例えば介護を任せて仕事に励めるとか)を営めるのはこのような施設や介護従事者がいるからこそだ。

それを棚上げして、泊まりの夜勤で数十人を一人で面倒みざるを得ない人に全ての責任を負わせることは間違っていると思うからだ。

これは社会全体の問題であり、問題として見ようとしない、他人事のようにしているぼくらの問題でもあると思う。


93歳。

自分ではもう歩けなくなった母が再び転倒することはほとんど考えられない。

今後おそれているのは、腰痛圧迫骨折だ。

すでに二度圧迫骨折をして入退院を繰り返している。

今度圧迫骨折したら文字通り寝たきりになってしまう。

ベッドから車椅子へ、そして車椅子からベッドへの乗せ替え時、本来なら複数人で介助してもらいたいが、介護職員の数から言ってそれは難しいことがわかった。一人介助での乗せ替えで、車椅子やベッドに腰を下ろす時、少しの衝撃で(座らせる直前で介助者の力が尽きてドスンと降ろしてしまったりしたら)腰椎圧迫骨折が起こりうるからだ。

今日は初めて母の介助担当者(それも本来は入所時に紹介されるべきものだったが)を紹介してもらえ、担当者の彼にこの乗せ替え時の留意点をお願いしておけたのはよかった。


今回の話し合いの具体的な成果が出るかどうかはわからないけれど、とりあえずぼくが言っておきたいことは全て言えたと思う。

同種の事故が他の入居者の方に起きない一助になればいいのだけど。



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